Reunited ( Swan Lake "Returns" part-I )

※五次創作です。二次創作、作品クロスオーバー等が苦手な方は申し訳ございませんが、ご理解の程、宜しくお願い致します。


前回 #2







――あの。朝でも夜でもありませんから、起きてください先輩。お休みのようでしたが、通路で眠る理由が、ちょっと……。固い床でないと眠れない方なのでしょうか?

「あ? ……ああそうだ、こんぐらいの方がちょうどいいんだ。わかったら、どっか行けよ」

――君は……ああ、招集された48人の適合者、その最後の一人というわけだね。一般公募のようだけど、訓練期間はどれくらいだい?

「訓練……1日だってやってねえよ。だいたい招集ってなんだよ、最近のアンケートはこんなところに連れ込まなきゃ始められないのか?」

――? そういえば数合わせに採用した一般枠があるんだっけ。申し訳ない、配慮に欠けた質問だった。けど一般枠だからって悲観しないでほしい。これから始まるミッションは、君たち全員が必要なんだからね。

「ミッション? おい、どうなってんだよ、だいたいここはどこなんだ」

――ここは正面ゲートから中央管制室に向かう通路です。より大雑把に言うと……。

「そうじゃねえよ! 雪積もってるってことはたぶん長野とか北海道とか、その辺なんだろ?」

――あー……困ったね。どうも担当者から何も説明されていないみたいだ。マシュ。

――はい。ここがどこであるかの開示はできません、先輩。カルデアの所在地情報もまた神秘秘匿にかかわる最重要機密ですので。ただ一つ言えることは、ここは標高6000mを超える山麓の上であり……日本列島にそのような地理的条件を満たす箇所は存在しない、ということです。

「……は?」

――まあ、これから始まる大業に携われるという栄誉に比べれば、多少の説明不足も些細なものさ。ようこそ、そしてよろしく、マスター・乾巧。一緒に人理を……人類の未来を救おうじゃないか。

――。

「お前、なんで俺の名前知ってんだ……?」

 メルトリリス。強く鋭く、華やかに奢った女。”快楽のアルターエゴ”、”毒と蜜の女王”。未だ素性のわからぬサーヴァント。そして……名乗る前から巧の名を知る、不審な何者か。

「! ……」

 訝しむ巧の視線を浴びてメルトリリスは一瞬だけ目を丸くし、すぐさま眉根を寄せた。さながら「そんなことを問う巧の方に問題がある」と言わんばかりの、不満を隠そうともしない表情。

「聞こえたのよ、BBとの会話が! 考えればそれぐらいわかるでしょう? ……そういうところホント愚鈍ね。頭にくるわ」

 巧は言い返そうとして、やめた。素行不良なサーヴァントとの出会いなど今に始まったことではないし、概ね”こういう手合い”に限って余計に反論してもかえってやかましくなるだけなのだから……。

「……」
「……」
「……なあ」
「何」

 歯噛みしながらも巧そのものへの興味関心がなくなったわけではないのか、メルトリリスは180cmに手が届きそうな程度には背丈のある彼をそれより10cm程上から(彼女の体躯が大きいというより、膝から下を構成している剣があまりにも長大なため)威圧的に見下ろし、

「なにかついてるのか」
「……違うわ。アナタを値踏みしているの」
「あ?」

そして、どうにも彼を観察しているようだった。

「私のマスターに相応しい人形でなければ用済みになりしだい処理するところだけど……安堵なさい、ギリギリ合格にしてあげる」
「なんだそりゃ」
「最後まで上手に私のマスター役ができたら、そうね――きっと元の世界に帰してあげる」
「……」

 自信に満ち、そして少しだけやさしさのうかがえた、そんな微笑。

「もっとも、アナタにまともな判断能力があるなら私との契約を切る、なんてことはしないでしょうけど。そういうことだから、今は私の言う事を聞きなさい」

 すぐさま酷薄な笑みが表情を塗り替える。冷酷無比な黒衣の少女は、その慈悲のない笑みのままに「この世界が危険に満ちていて、たかが人間一人では絶対に生き残れない魔境」であると簡潔に、そして幾らか人間の無力さへの揶揄をこめて語った。

「見たところ、”まともな英霊とは契約してもらえない、落ちこぼれのマスター”なのでしょう?」
「……?」
「? どうかして?」
「いや……そうらしいな。続けてくれ」
「……だからこそ一際喜び、光栄に思いなさい。この私という女神に、こうして助けられたことを」
「”女神”?」

 サーヴァント、すなわち英霊として登録された、ヒトないし概念的なモノ。
本来であれば神霊――神話やおとぎ話に伝わり、一般的に神様と呼ばれるそれらは召喚されるはずもないのだが……。

「ええ、女神よ。正真正銘の神格を有する、言葉のアヤではない女神」

 カルデアの召喚システムは未整備かつ無頓着なところがあり、様々な難癖じみた方法で顕現した神様には事欠かない。本来なら二人目の同行者であったキャスターも、様々な制約の果てに無理やり霊基を登録して馳せ参じた”さる高名な大神の一柱”とのことであり――つまり巧は、これまで決して少なくない女神に出会い、そして振り回されている。

「……なによ、その苦虫を噛み潰したような面構え」
「いや、なんでも。納得しただけ……で、お前はどの神話の女神なんだよ。メルトリリスなんて、聞いたこともねえ」
「アナタが私を知らない? ……ふん、そんなの”当然のこと”でしょう」
「?」

 知られていないことが当然の、女神? 巧は訝しんだ。
 いくら女神といえど、物語や詩歌などの形で後々に伝わることのないような滅びた神話大系のそれであれば、その神性など皆無も同然。そして、ただでさえ霊基として登録されることがイレギュラーである神霊が「語られるべき像」を持たずにどうやって召喚されるというのだろうか?

「まず一つ、アナタ、いったいどの時代にレイシフトしたのか覚えていて?」
「あー、2030年だろ」
「ええ、さすがに呆けてはいないようね。そして私はこの2030年に生じたアルターエゴ、言うなればアナタの生きる遥か未来に成立した存在ね」
「……なるほどな」

 やがて訪れる未来に成立し、そして人理の救済者として従事する英霊……巧の脳裏に三人目の同行者、真紅の装いのアーチャーが去来した。彼女も同類であるならば、人格のクセはさておき、悪人の手合いではないのかもしれない……そのことに関しては結論を保留し、巧は次を促す。

「それで?」
「もう一つは、私がアルターエゴとして成立するにあたって複数の女神を融合した”ハイ・サーヴァント”だから、よ」
「……は? 複数の、女神!?」
「ふふ、随分といい表情ね、タクミ。ようやく自分の前に立つ女が何者なのか理解できたのかしら」

 巧の反応にメルトリリスはご満悦げであったが……巧はといえば成し遂げられた偉業に驚くよりも先に”これまで出会ってきた多種多様かつ埒外無慈悲意味不明な女神の数々”が混じり合った、”厄介という言葉では片づけられない恐ろしい図式”を幻視してしまっており、圧しつぶされそうな程の憔悴が感情に蓋をしていた。
 メルトリリスの期待とは裏腹に、もはや彼にとって畏怖だの崇敬だのを感じている場合ではなかったのだが、彼女は知らない。

「ええ。マスターならサーヴァントのステータスを確認できるでしょう? 後にでも確認しなさい、そして腰を抜かすといいわ。私がどれほど高性能のサーヴァントか知ることは、アナタのためにもなるのだから」
「今じゃ駄目なのか」
「ダメではないけど。どうして?」
「お前、隠し事が多すぎるんだよ」
「……そうね」

 巧は若干の興味と……それを大いに上回る警戒心を抱きながら、メルトリリスを視界に捉え、より強く意識した。それに合わせて、彼女のサーヴァントとしての情報が知識として彼の中へと流れ込んでくる。

――メルトリリス。属性は秩序・善。

「……ホントか?」
「何が」
「なんでも」

――身長190cm、体重33kg。誕生日は4月9日。

「誕生日? 女神なのに誕生日とかあんのか」
「なんだっていいでしょう」

――アルターエゴのサーヴァント。

「そもそもアルターエゴってなんだ」
「後で歩きながら説明してあげる……ねえ、さっきから関係ないところばかり見てないかしら?」
「わーったよ」

――ハイ・サーヴァントとして複数の神格を有している。構成されている神霊は3柱。サラスヴァティー、

「サラス……?」
「サラスヴァティー。水と豊穣の女神、流れるものを司る神霊よ」

――レヴィアタン、

「これは名前だけ知ってるぞ。なんかでかい魚だろ」
「……レヴィアタンのことね。この上なく大雑把で陳腐な理解だけど、今はそれでゆるしてあげる」
「んだよ……で、残りの1柱はと」

――アルテミス。

 お月見、オケアノス、ハネムーン、そしてハネムーン。

「よし、とりあえずこれからどうすればいいか教えてくれ」
「ちょ、ちょっと何よその強引な話題転換は!」
「うるせえ、お前がどういう神様で構成されてようがな、結局は特異点を解決できなきゃ意味ねえんだよ!」
「はぁ~? アナタ、アルテミスがどういう神霊か知っていて!? 狩猟と貞潔を司り、その矢は狙った獲物を決して逃さず、穿ったものに疫病と死をもたらす偉大なる女神よ!」
「……んなこと知らねえけどな、俺はアイツを”知って”んだよ」

 巧の表情……困惑、憔悴、恐怖、慟哭、悲哀……いかなる言葉でもきっと示すことのできないそれに気づき、神話におけるアルテミス――純真無垢である一方で身勝手で我儘、血気盛んで理不尽なその様子を想起して……メルトリリスは少しだけ、察した。

「……ここ正面ゲートは完全に電脳化してしまっているけれど、一部の施設はまだ元のままで残っているわ」
「そうなのか」
「ええ。まずはそうね、油田ケーブルエリアを目指しましょう……電脳化しきっていないならアナタのデータ変換も少しは抑えられるでしょうから」

 視線の先、己の指先に目をやった巧は、己の輪郭がワイヤフレーム状にゆらぎ、かつ少しずつ剥離していく様子に息を呑んだ。

「な、なんだよこれ……」
「ここのように完全に電脳化された領域だと、アナタたちは少しずつ分解されていく。私は平気だけど、通常のサーヴァントならもって数日。そうね……人間程度じゃあ完全にデータ変換されてSE.RA.PHに取り込まれるまで概ね数時間といったところかしら。だから”後にでも”って言ったじゃない」
「それを先に言えよ! ……ん?」

 BBが巧をセラフィックスに招く際、何と言っていたか。記憶が遡っていく。

――噂の油田基地ですが、もうその時代には存在しません。A.D.2030年、マリアナ海溝を要チェーーーック!
――はい。放っておいたら深度10,000メートルまで沈没して、水圧でペシャンコですね。
――重要なのはセラフィックスはあと数時間で海底に達し、水圧でバラバラになる、ということですから。ほら、どうするんですか? レイシフト、しないんですか?

「BBはゲームだなんて言っていたろうけれど、信用しないで。これは決して公正なゲームではないの。SE.RA.PHが海底に到着するより先に、みんなデータにされてしまう」
「なら油田ケーブルってところを目指してる時間はねえだろ」
「? どうして」
「どうしてって……アイツが言ってたのを思い出したんだよ、セラフィックスが水圧でバラバラになるまで数時間って。寄り道してるヒマなんか」
「……それは現実世界での話でしょう?」
「……は?」

 お互いがお互いの主張に首を傾げていたが……やがてメルトリリスは得心がいったと言わんばかりに頷いて、呆れた顔をした。

「SE.RA.PHでの時間の尺度はもう既に外界の100倍――そうね、現実世界の1分はここでの100分に相当するわ」
「そんな馬鹿な話」
「じゃあ訊くけど”海底油田基地に過ぎないセラフィックスがほんの僅かな期間でこれほどまでに様変わりする”なんてあり得ると思う?」
「!」
「初めからこうなったのか、少しずつ現実との時間間隔の乖離が進んでいったのかまではわからないけれど……マリアナ海溝に到達するまでの2時間半は、SE.RA.PH換算でおよそ10日」

 気の遠くなるような話であったが、一方で「本来なら数時間以内に解決しなければいけない事象に十分すぎるロスタイムが設けられた」とも捉えられる……少し安堵した巧を、メルトリリスは冷徹にたしなめた。

「言っておくけど、この施設をベースにしたSE.RA.PHも、元の規格より遥かに拡大されてしまっているのよ。落ちてくる時に見ただろう”女体”、最初が瞳の辺りで、こうして歩いている今も鼻の辺りだと言ったら、どれほどの大きさなのかもわかるかしら?」
「……10日あってギリギリってことか」
「理解が早いのはいいことよ。アナタがSE.RA.PHに溶け込んで消滅してしまうまで、あと2時間半……これはもちろんSE.RA.PHで流れる時間の方。だから、アナタの像を安定化させられるような安全地帯、私たちの活動拠点を探さないといけない。さっき名前を挙げた油田ケーブルエリア……比較的電脳化が進んでいなくて、あそこからならおそらく中央施設に侵入できる」

 改めて認識した、尋常ならざる事態。今の巧に残されたカードはおそらく、こうして隣を歩いている少女――ハイ・サーヴァントを名乗るメルトリリスのみ。

「戦闘は私に任せなさい。アナタはまず、安全地帯に辿り着くことだけを……」
「おい」
「――何よ」

 信用できるかどうか、未だに確信は持てない。それでも託すしかできないというのであれば。歩調を緩めないまま、巧はぽつりと言葉を漏らした。

「――よろしくな、メルトリリス」
「え……」
「なんだよ」
「いや、ちょっと、想定外だったから……」
「そういえば契約の時に何も言ってなかったなって。悪いかよ……言っとくが案内人に裏切られるなんてのはこないだ経験したばっかりだから、今更驚いてやんねーからな!」
「そう……コホン。この先は全てが敵の電脳魔境。エスコートぐらいはしてあげるから、はぐれないようついてきなさい」
「おう」

 かくして、黒衣の女神とそれに庇護される”か弱い人間”は正面ゲート跡地を発った。目指すは油田ケーブル集合地帯……”毛髪”に相当する箇所。ここを迂回し、”体躯”へ到達するために。

「ようやく見つけましたよ、マスター・イヌイ。しかし……アレは?」

――それを遠巻きに見つめる、一つの影あり。

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