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読書の記録:『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティー 

 車の運転手や修理工、ホテルのウェイター、セールスマンなど転々と職を変えて気ままに生きている主人公マイクは、”呪われた土地”といわれのある「ジプシーが丘」と呼ばれる地所を気に入り、同時にエリーという大富豪の女性に出会い、恋におちる。エリーもジプシーが丘をいたく気に入ったため、二人はこの地を購入して結婚、マイクの友人である天才建築家に依頼して、夢の家を建てて暮らし始める。ところが……。

 最初からなんともいえない違和感を抱えながらの読書だった。こんな読み方をしたのは初めてかもしれない。この違和感は終盤までずっと続き、そのせいかどうにも読み心地が悪かった。ただ、この読み心地の悪さは、内容に惹かれないという意味ではなく、物語のあちこちで不自然さを感じるのに、それをうまく説明できない歯がゆさから生じた苛立ちだったのだと思う。不穏なできごとが起こりつつも、物語の大半を占めていた若い男女の幸せそうな暮らしには、実をいうと少しだけ退屈さも感じた。この退屈さも違和感を抱いた要因だった。アガサ・クリスティーの作品に退屈などあり得ないのだから。

 ようやく残り数十ページまでくると突然、全てが逆転するのだが、読みながらも脳内で理解するまで時間がかかった。ちゃんと文字は追えているのに、信じられないという思いで最終行を読み終えた。そして本を閉じるとしばらくぼうっとしていた。そういうことだったのか。まんまとだまされてしまった。

 翌日ふたたび本を開き、気になる箇所を読み返していった。登場人物たちの言葉の端々に、伏線が張り巡らされていて、その精妙な計算に圧倒された。暗示のように物語の冒頭で引用されるブレイクの詩は、作中に何度も登場してはこちらの不安をいっそう煽った。ブレイクはこの詩にどんなメッセージを込めたのだろう。終盤のマイクの独白は、さながら実在の犯罪者の自伝を読んでいるかのようだった。このような人物を描ききったクリスティーの力量は、やはりみごととしか言いようがない。悪魔的で恐ろしい、そして悲しい物語だった。知人から薦められて読んだこの一冊、次は誰に薦めようか。

https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/321095.html


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