ジャック・ロンドン「赤死病」#5

 実際には、少年はこのとおりの言葉を発したのではない。むしろそれとは似ても似つかない、喉音性でかつ破裂音が多く、修飾語も少ない言語だった。ただ、老人の喋る言葉とは遠い類縁関係にあるらしく、いっぽう老人の言葉はおおよそ英語といってよかったが、長い年月を経て乱れや崩れが生じたものだった。
「ねえ教えてよ」エドウィンは続けた。「なんでカニのことを『繊細な味』とか言うの? カニはカニでしょ? そんな変なふうに言うの聞いたことないよ」
 老人はため息をつくだけで返事はしなかった。それからしばし二人は無言のまま歩いた。木々を抜け海に面した砂丘に出ると、打ち寄せる波の音が突然大きく聞こえだした。砂丘のやや高い場所に、ヤギの姿が二、三あった。傍らで動物の皮を身に着けた少年が、オオカミに似た犬――ほんのわずかだがコリー犬を思い起こさせた――を一匹連れ、ヤギたちを見張っていた。海岸から一〇〇メートルほどにあるごつごつした岩場からは、喉の奥から吠えるような、あるいはわめくような音が、波の音と混じって絶え間なく聞こえてきていた。日の光を浴びるためか、それとも喧嘩の最中なのか、巨大なアシカたちが互いに呼びかけあっているのだ。と、近くで煙があがった。粗野な格好をしたまた別の少年が火を起こしたのだ。その少年のそばには数匹、オオカミによく似た牧畜犬らしき犬がいた。
 老人は歩調をはやめ、火に近づきながら鼻をくんくん鳴らした。
「イシ貝じゃないか!」老人は歓喜にふるえた声を漏らした。「イシ貝と来たか! おまけにそれはカニかい? フーフーよ、カニなのかい? いやはや、なんと孝行な孫たちだろう!」
 フーフーはにっこり笑った。どうやらエドウィンと同じくらいの歳のようだ。
「食べたいものなら何でも任せて。四人分捕まえたんだ」

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