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ジビエとフランス革命とSDGs

ジビエ(フランス語でgibier: 狩猟によって捕獲された野生の鳥獣の肉)との最初の出会いは、ピーターラビットの物語だったと思う。おかあさんうさぎが小うさぎたちにかけた一言。「おひゃくしょうのマグレガーさんとこの はたけにだけは いっちゃいけませんよ。おまえたちの おとうさんは、あそこで じこにあって、 マグレガーさんのおくさんに にくのパイにされてしまったんです」

食いしん坊の私はショックを受けるどころか、子ども心に「へえ~、うさぎってたべられるんだ! いつかうさぎのパイをたべてみたい」と思ったので、もともとジビエへの抵抗は少なかったのかもしれない。

大人になって初めて食べたうさぎのパイ包み

のちにフランスで3年ほど暮らしていたとき、生鮮食品は週に2回、午前中だけ近所の通りに立つ朝市(マルシェ)の露店で買うことが多かった。果物、野菜、肉、魚(魚屋ではエスカルゴもカエルも売っていた)、ハムやソーセージなどの加工肉、チーズ、ジャム、ワイン、お惣菜……キノコやジャガイモの専門店もあり、食材の豊富さに圧倒された。さらに9月末から始まる狩猟解禁シーズンには、肉屋の店先に羽や毛がついたままのカモ、ハト、ウズラ、ライチョウ、皮を剥がれた野ウサギなどがぶら下がる。一般家庭でもさばいて食べるのだそうだ。

だが、こうしたジビエも含めたフランス料理が一般市民の口に入るようになったのは、1789年のフランス革命以降だという。それまでジビエは王侯貴族が狩猟で捕獲し、お抱えのシェフに調理させて食べていた。いわば入手困難な高級食材で、市民の口に入ることは一切なかった。パリの西側に位置する広大なブーローニュの森も、東側のヴァンセンヌの森も、郊外のフォンテンブローの森も、宮殿が建つ前のヴェルサイユも王の狩猟場だった。

『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』(15世紀の装飾写本)より
12月 ヴァンセンヌの森の中でイノシシ猟をする人々

それが1789年のフランス革命で一変した。王侯貴族は処刑されたり、国外に逃亡。お抱えシェフたちは一斉に失業し、路頭に迷うことになった。やがて彼らはパリ市内に続々とレストランをオープン。革命前には市内に50軒しかなかったレストランが、革命から37年後の1827年には3000軒にまで増えたという。これを後押ししたのが、外食せざるを得なかった人々、つまり革命後の動乱期に一旗揚げようと家族を故郷に残して単身パリに出てきた男たちだった。その後台頭してきたブルジョワジーと呼ばれる金持ちの資本家階級も、盛んに外食をした。地方では、貴族に代わって農民が狩猟をして食材を卸すようになり、ジビエの処理や加工技術、おいしく食べる調理法も発達した。

日本では675年に天武天皇が肉食禁止令(稲作の推進を目的として4~9月の稲作期間、農耕用のウシ・ウマの他、イヌ・サル・ニワトリの肉食を禁じたが、稲作の害獣となるシカ、イノシシは禁じなかったし、農閑期は肉食OKだった)を発して以降、殺生を禁じる仏教の影響もあり、少なくとも表向きは肉食を忌避する風潮が江戸後期まで続いたという(一方で、四つ足動物ではない鳥類は江戸っ子たちに人気があった)。江戸後期になると、ジビエは滋養強壮、疲労回復、冷え性に効く「薬喰い」と呼ばれ、ひそかに食べられるようになる。猪肉を山鯨(やまくじら)・牡丹(ぼたん)、鶏肉を柏(かしわ)・軍鶏(しゃも)、鹿肉を紅葉(もみじ)、馬肉を桜(さくら)などと隠語で呼ぶのもその時代の名残だそうだ。

歌川広重「名所江戸百景 びくにはし雪中」(現在の銀座1丁目付近)
「山くじら」の看板はももんじ屋「尾張屋」の名物ぼたん鍋を指す

江戸の庶民がジビエを食べにいく食事処としては、ももんじ屋(ももんじや)またはももんじい屋と呼ばれるジャンルの店があったという。江戸近郊の村で農民が捕獲したイノシシやシカを江戸に運び、ウシ、ウマ、トリ、ブタ、ガン、タヌキ、クマ、カワウソ、オオカミ、カラス、キジ、ツル、カワウソ、オオカミ、サル、ハト、リス、スズメ、ウサギなどの肉と一緒に売っていた。百獣(ももじゅう)屋と書いて「ももんじや」と読むが、子どもを脅かす妖怪のモモンジイ(百々爺)に由来しているという説もある。

当時の有名なももんじ屋には、麹町の甲州屋と山奥屋、両国の豊田屋などがあり、この豊田屋がのちに「ももんじや」と名称を変え、両国橋のたもとで現在も営業している。享保3年(1718年)の創業だから300年以上続く老舗。野獣肉コースとして、イノシシのすね肉の煮込み、イノシシ鍋(ぼたん鍋)、シカの刺身と竜田揚げ、クマ汁を出している。

鳥山石燕による江戸時代の妖怪画集『今昔画図続百鬼』に描かれた、
老人姿の妖怪モモンジイは、『ゲゲゲの鬼太郎』にも登場する。
この毛深さがシカやイノシシを連想させたのか?

近年、野生の鳥獣が田畑を荒らすことによる農作物の被害は年間160億円前後。さらに、年間6000ヘクタールもの森林が鳥獣の食害によって失われているという。その結果、農業を廃業する人が出たり、鳥獣が自動車と衝突したり、食物を求めて住宅地に入り込んで人に危害を加えたりするニュースもしばしば目にする。各自治体で狩猟を奨励・支援して捕獲する頭数も増えているのに、食肉として利用されるのはその1割程度。それ以外は埋めたり、焼却したりして廃棄しているという。良質な食肉に加工する技術やノウハウの不足、保健所の認可を受けた食肉処理加工施設の建設費の高騰、流通・販売ルートの未開拓などが原因らしい。

捕獲⿃獣のジビエ利⽤を巡る最近の状況
(令和6年3⽉)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/gibier/attach/pdf/index-116.pdf

生き物の命をいただくからには無駄なく有効活用したいと、2014年には厚生労働省で「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針」が策定され、2018年には農林水産省で「国産ジビエ認証制度」が制定された。適切に処理された安全なジビエを提供する仕組みは整いつつある。「低カロリー・高タンパク」なジビエはアスリートだけでなく、ダイエットにもよいと女性にも好評価だというが、ネックになるのが「可愛い動物なのに可哀そう」という意識。こればかりは個人の感覚だからどうしようもないし、無理強いする気もない。

ジビエというと「くさい」「かたい」というイメージをもつ人もいるというが、同じ種類の動物でも捕獲された個体や季節によって味や香りは異なるという。捕獲から解体までの処理時間、処理の仕方や血を抜く技術、冷凍や解凍の方法も味を左右するというから、料理人にはそれらを踏まえて食材の見極めができることが求められる。その鳥獣の生育状況や何を食べているかを知るために一番よいことは、シェフ自らがハンターになって現地に入ること。実際に、狩猟免許を持つシェフが増えてきているという。

昨年、従妹が「ジビエ系好きなのだけれど、嫌いな人も結構いるからなかなか食べにいけない」とぼやくのを聞いて、「それならば一度、ハンターシェフの店で食べてみようよ」と勇気を奮って予約を入れた。食材は入荷状況次第だから、好き嫌いは言っていられない。当日、従妹と私の目の前に並んだおまかせコースは、

  • キジのベーコンのムースを使ったスパゲッティ・カルボナーラ

  • シカのレバーパテと竹炭の入ったクッキー

  • マガモのローストとホワイトアスパラ、柑橘風味のオランデーズソース(タイトル写真)

  • マダイのポワレとクジャクとマダイのフォン(だし汁)を使ったリゾット

  • タヌキの内臓を肉で巻き、骨からとったフォンのソースと一緒に

  • エゾシカのロースト、黒コショウを効かせた甘酸っぱいソース

  • イチゴのムースとユズのセミフレッド

このうち、キジとマガモはシェフが自ら撃ってきたものだという。この日はタヌキが入手できたからと、食後の小菓子もタヌキの脂を使ったカヌレだった。どれも食材の長所を生かし、短所をカバーするような味つけでおいしく、従妹も私も大満足だった。日本の狩猟解禁は11月15日から2月15日の間だが、ジビエ尽くしのこの店は夏場も営業しているという。その秘密は害獣として駆除された鳥獣を取り寄せているから。この日も沖縄八重山諸島で野生化し、大量繁殖したクジャクが使われていた。つい最近までアナグマやハクビシンの料理も出していたという。アナグマはツキノワグマやヒグマに比べてかなりおいしいとシェフは言う。

捕獲した野生鳥獣を害獣・害鳥として処分するのではなく、食材として利用したり、皮革製品などに活用すれば、廃棄物を減らせると同時に食料確保にもなる。SDGs(持続可能な開発目標)17の目標のうち、「2.飢餓をゼロに」「12.つくる責任・つかう責任」「15.陸の豊かさも守ろう」に貢献できるというわけだ。いまはまだプロが作るフランス料理の世界でしか実現できていないかもしれないが、技術や工夫、周知方法次第でもっと気軽にジビエと付き合っていける余地はあると思う。

SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは? 17の目標ごとの説明、事実と数字
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/31737/

ジビエポータルサイト「ジビエト」(レストラン情報など)
https://gibierto.jp/

まだ知らないおいしいお肉に出会おう HELLO!ジビエ(通販サイト)
https://event.rakuten.co.jp/area/japan/gibier/2020/

日本ジビエ振興協会 レシピ集
https://www.gibier.or.jp/recipe/

青山 薫


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