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#10 障害者割引の事業者負担

都市鉄道の多くが来春、運賃を引き上げます。近畿日本鉄道など一部を除き、コロナ禍の収入減少に伴う改定ではありません。ホームドアやエレベーターなどの整備を加速するために「鉄道駅バリアフリー料金制度」を活用した加算運賃の導入にかかるものです。距離を問わず1回の乗車あたり10円程度。利用者に広く、薄く負担を求めることになります。多額の費用がかかるホームドアの設置ですが、利用増にはつながりません。それでも転落防止などホームの安全性向上に効果が高いため、各社は重点的に進めています。東急電鉄は、すでに主要線全駅で整備を終えましたが、余力のない事業者は自治体の補助決定を待って着手するのが精いっぱいです。

コロナ禍の減収が“値上げ”にまったく影響していないとは言いません。JR東日本のある幹部は、制度設計が始まった当時「うちは採用しないだろう。理解が得られない」と話していました。しかし、収入見通しに変更が生じ、長期におよぶ整備計画を確実に進めるために活用しない手はありません。JR東が先んじて届け出たことで、他社も追随しやすくなったのではないでしょうか。バリアフリー設備の充実は、誰にも使いやすい“ユニバーサルデザイン”の駅づくりにつながります。すべての利用者が“受益者”であり、狭義の福祉サービスではありません。来春の“値上げ”の意味が、利用者に正しく理解されるよう願っています。

前置きが長くなりましたが、今回取り上げたいのは「障害者運賃割引制度」です。鉄道、バス、航空などが当然のように割引を設定していますが、適用基準や割引率はバラバラ。各事業者が“社会貢献”として行っているのが実態です。JRは国鉄時代の規定を踏襲し、民鉄はそれに右ならえ。ほかの公共交通は、国・自治体の通知・要請で導入しているケースが多いようです。障害を抱えながら社会で活躍する人が増え、多様な障害に対する理解も広がる中で、公益事業体とはいえ、事業者の“善意”に頼り続けるのには無理があるのではないでしょうか。私は、社会福祉政策の一環として、公的助成に移行すべきべきものと考えます。

割引をなくせ、と主張したいわけではありません。個人の移動に対する割引は、他の利用者の運賃や企業努力で捻出した原資を使うのでなく、広く社会が負担する性質のものではないか、と思うのです。行政が割引の実施を事業者に委ねる根拠が不明ですし、障害者団体が割引の拡充を事業者に求めているのにも違和感を覚えます。公共交通事業者はハード・ソフト両面でバリアフリー化に取り組み、共生社会の実現に力を尽くしてきました。企業存続に迫られて合理化を進めながらも、社会環境の変化や個々のニーズに、現場が探り探り「合理的配慮」に努めています。持続可能な公共交通を作るため、行政と役割を整理しなければならない時が来ているのではないでしょうか。


(検証)加算運賃、ようやく実現

2020年の年始向けに書いた記事です。パンデミックなんて思いもよらず、夏に五輪が開催されるのを疑いもしていませんでした。五輪に向けたバリアフリー設備の先行投資は、レガシー(遺産)となりました。コロナ禍の投資選別は、ともするとバリアフリー化を遅らせることになりかねません。使用目的を限定した加算運賃の導入は時宜を得ている、とも言えます。

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