夜にいる私

 壊れたい。戻りたい。消えたい。

 書いては消して。書いては消して。繰り返すうちに、時が経って、あの人から連絡がきて、言いたいことは言えずに、また日常に戻る。
 馬鹿みたいだと思う。何度同じことを繰り返しているだろう。苦しくて、苦しくて、辛くて、みじめで、空しい。何度味わえば私は思い知るだろう。楽しさも幸せも、一時の夢に過ぎないと。
 あの人の腕を抜け出たその瞬間から、疑いも、裏切りも、もう私のすぐ隣に立っているのに。あの人の腕の中でさえ、既にもう裏切りと嘘に塗れているのに。私への優しさを、情欲を、甘えを、苛立ちを、慣れた仕草を、その口調や表情を、誰かへのそれと比べずにはいられないのに。
 それでも、あの人の声は甘やかに響いて、笑顔は胸をしめつける。手を繋いで歩くだけで世界は優しく美しく色付いたし、抱かれながら盗み見る切ない表情は私を幸福の頂点へと導いた。

 一時の夢でも良いと、どうして思えないのだろう。あんな男はいらないと、どうして思えないのだろう。深く傷付いているのだと、どうして強く言えないのだろう。
 私はなにもできない。
 あの人を憎むことも、許すことも、受け容れることも、突き放すことも、罵ることも、嘲ることも、ただ想いをぶつけることも、なにもできない。あの人を愛することも、できていないのだろうか。
 愛している、と感じるけれど、ただの執着だと言われてしまえば、私にはそれを否定するだけの自信も強さもない。愛されたい女の、長い年月を共に過ごした男に対する執着と焦り。そう言われれば、そうかもしれない。愛などわからない。

 愛されたい。執着されたい。独占欲に支配されて、あの人が私を監禁すればいいのに。そのまま首を絞めて、私を永遠に眠らせればいいのに。

 壊れたくて、戻りたくて、消えたくて、愛されたくて、執着されたい私は、壊れもせず、戻れもせず、消えもせず、愛されもせず、執着されもせず、日々淡々と、嫉妬と妄想でなにかをすり減らしながら、優しさと温もりと幸福のようなものですり減った部分を修復していく。
 少し歪な気もするけれど、私は形を保っているし、あの人との関係も変わりない。
 摩耗と修復を繰り返して私はなにになるのだろう。

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