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「間」を作る、繋ぐ ー井波彫刻師・前川大地

この記事では、伝統工芸のサブスクサービス【TRADAILY】の作品と職人をご紹介します。


現代的な空間に映える作品を数多く制作している前川大地氏。
雲、それから松竹梅など、古くからの伝統的なモチーフを、木のあたたかみを残しながらもスタイリッシュにブラッシュアップした作風が特徴的だ。
都内の百貨店のプロジェクトで制作・展示された木彫刻シャンデリアなど、新しい彫刻の形を提案し続けている。
また彫刻師として制作に携わる傍ら、地域づくりにも携わり、活躍の範囲は多岐に渡る。


作品:クモ

東西から吹き寄せる気流に乗って流れ、集まる雲のような、幾重にも重なる雲が夢幻世界を作り出す。
コンテンポラリーなデザインのようでありながらも普遍的なデザインだ。楠で彫りだした雲に柿渋を塗って仕上げ、深みのあるあたたかな色味が空間にやさしく寄り添う。
タイトルは『クモ』。意味を持たせたくないのでカタカナにしたそう。
それはまさに捉えどころのない雲のようだ。

クモ

ちょっと深「彫」り(Q&A)

前川さんといえば雲のイメージがありますが、なぜ雲をよくモチーフに使われているのでしょうか。
ー雲は井波で昔から彫られてきたものですが、それ単体で主役になることはなく、他のモチーフとの繋ぎ役として使われることが多いものです。
「こういう形」という型がありつつも、実は彫る人や流派、時代によって如実に個性が出る。丸みを帯びたフォルムも面白いし、美しい。
なのに脇役だから、それを主役にしても面白いし構図としても完成するのではないかと考えています。

脇役でありながら、ユニークなフォルム

同じような脇役に波もありますが、なぜ雲なのでしょうか。
ー雲と波との違いは彫り方にあります。
波はどちらかというと写実的なのと、やはり空に浮かぶ雲と違って天地が必要になるので構図も限られてきます。
雲は写実表現と違い、「本当の形」ではない。そういう点から波ではなく雲をモチーフに選んでいます。

仰る通り、井波彫刻の雲はリアルな雲の形ではなく、抽象化された形ですよね。これはなぜなのでしょうか。
ーきっと昔の人は大気の流れをそう感じたからではないでしょうか。
それを抽象化して作り上げてきたのが今の形になったのではないかと思います。

実は3つのパーツを組み合わせている

作品の見どころについて教えてください。
ー言葉では言い表せないのですが、もくもくした感じではなくて優雅な感じにしようと思って作っています。Bed&Craftのラウンジにあるものはもくもくさせようとして作りましたが今回はさらっとさせようと。そういう気分だったので。

Bed and Craft
井波の元料亭や遊郭を改装した1棟貸しの宿。全6棟あり、それぞれ異なる彫刻師や作家たちが1棟をまるごと作品のように作った宿。前川氏は旧料亭のKIN-NAKAを担当。

https://bedandcraft.com/

前川さんは美大の彫刻科出身ですが、井波での修行と大学の講義とではどのようなところが違うのでしょうか。
ー井波は職人の世界なので技術を教えます。美大の先生は「こういうのもある」ということを示してはくれますが、技術的なことを教えることはありません。美大はある意味とても自由ですね。

彫刻のこと、イコール町のこと

前川氏は、井波生まれ井波育ち。父は井波彫刻師であり日展作家でもある前川正治氏だ。
高校卒業後に美大の彫刻科へ進学し、卒業後はドイツへ留学。
語学留学の傍らで写真家の花代氏のアシスタントを務めた。花代氏のアシスタントになったのは「たまたま」だと言う。
帰国後に父・正治氏のもとで修行し、現在に至る。

作品の下絵

現在は彫刻師として作品を制作する傍らで、生まれ育った井波の地域づくりにも携わっている。
代表的なのは、一般社団法人ジソウラボでの活動だ。
ジソウラボは「つくる人をつくる」を掲げ活動する井波の町づくり団体で、前川氏の同級生でもある島田優平氏が代表を務める。
地域で起業する人の伴走支援を中心に活動しており、これまでにブルワリーやベーカリー等が井波で開業し、地域の内外からの来訪者で連日にぎわいを見せている。

なぜ前川氏はこうした活動に関わっているのか尋ねると、問題解決型の性格だからだという。
前川氏が井波に帰ってきた頃はまだ彫刻師に若い人もいたが、製材業者や建具屋等の関連業者は既に高齢化していて産地として危ういと感じた。
今では彫刻師もどんどん人が減っており、井波の彫刻師たちが加盟している井波彫刻協同組合も、青年部が休止した。
「青年部が解散するということはこのまま何もしなければ彫刻が終わっていくんだろうなと」
現在、井波で活躍する彫刻師の中で若手と呼ばれる人でも40代だ。

前川氏は「将来井波彫刻を担っていく人が井波を見つけてくれる環境を作りたい」と言う。
ジソウラボには、「彫刻をやってるなら、イコール町のことをやっているも同然だ」と代表の島田氏から言われ、参画。
自分の守備範囲内だけのことをやる思いだったが、途中からできることは全てやっていこうという気持ちになったという。
井波彫刻関連の事業を手掛けるINAMI base株式会社の伴走支援を前川氏が担当している。

また、その他にも「富山クラフトミクス」という、県のプロジェクトにも参画している。
古くからものづくりがさかんで様々な伝統産業がある富山県の強みを生かして、産地を横断したプロダクトのブランドを作る富山県のプロジェクトだ。
井波彫刻をベースに高岡銅器、高岡漆器、庄川挽物、五箇山和紙、富山ガラスを使用した木製シャンデリアを制作。前川氏はデザイン、彫刻制作を担当。ものづくり富山の技術の粋を極めたラグジュアリーな商品だ。

富山クラフトミクスで制作されたシャンデリア

子供の頃から歴史が好きという前川氏。
その理由について、「間(「空間・時間・人間」の関係性)が好きなのだと思う」という。
「場所があって、経てきた時の流れがあり、そこに人の想いが連綿とつながっていく様に興味が湧くからです。」
前川氏が作る雲がモチーフの作品には、そういった考え方が根底にあるように思えた。

プロフィール

1977年 井波町に生まれる
2000年 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業
2000年 井波美術館 個展「1977→2000」
2005年 前川正治に師事
2018年 福光美術館 グループ展「第4回ザ・セッションアートの俊英展」
2019年 ジソウラボ参画
2022年 松屋銀座「松屋の地域共創」 シャンデリア制作
2022年 「VOGUE」掲載
2023年 富山クラフトミクス参画
2023年 富山市佐藤記念美術館 グループ展「生成 Bringing Things to Life」

《この記事を書いた人》
池端まゆ子

時代が移りゆく中でも継承されてきたものに強く惹かれる。歴史、背景を知るのが好き。趣味は芸術鑑賞、料理、本の蒐集。


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