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羽ばたき ー井波彫刻師・池田茂

この記事では、伝統工芸のサブスク【TRADAILY】の作品と職人をご紹介します。


ノミの跡が残る手触り感ある作風と、動植物のモダンな作品づくりが持ち味の池田茂氏。
雅号は「池田塔」。「塔」は、身長が190㎝と高身長であることから。
彼の工房は、井波の象徴であり、井波彫刻始まりの地である瑞泉寺のほど近くにある。
古い建物が並び風情ある八日町通りの、昔は土産物店だったという物件の内部をリノベーションした工房は、新しい白い壁とアンティーク家具のコントラストが美しい、古きと新しきが調和する洒落た空間だ。


工房の様子

作品:旅立ち

「旅立ち」

今回池田氏が制作したのは、燕が空に向かって羽ばたく様子を彫った、かろやかな風を感じる作品。まるで本当に額の中に空があるような。いや、額から抜け出していきそうな、そんな躍動感に満ちている。
タイトルは「旅立ち」。
TRADAILYのテーマである「faith」という言葉には「信念」という意味もあることから、小さな体で海を渡ってゆく燕がふさわしいと思い、モチーフに選んだという。
まさに強い信念を持って旅立つ、その瞬間を切り取ったかのようだ。
気流に乗るように一羽一羽が旋回しながら上を目指す様子を、それぞれの向き、角度を変えて表現。
躍動感ある見事な彫りにアクリル絵の具を布でたたいて乗せた着彩によって、より燕の羽毛の質感が演出され、さらに銀粉を乗せることでかろやかに風を感じさせるような仕上がりとなっている。

ちょっと深「彫」り(Q&A)

まるで空を燕が飛んでいるようです。どのように制作されましたか。
ー限られた厚みの板で彫り出す、欄間に用いられる透かし彫りの技術で彫りました。
伝統的な欄間では、一枚板の中に枠を作ってすべてが繋がるようにしますが、今回は額に納めるため4つのパーツに分けて制作しました。それでもやはり一つ一つの箇所に繋がりを作らないと強度が落ちるので、図案を作る際に(燕と燕に)繋がりを持たせられるように考えました。
なので、伝統的な技法をベースにしながらも、最終的にはそうでないやり方になりました。

よく見ると全部繋がっているのがわかる

大変だったことは?
ー1点モノなので彫ってるうちにイメージと異なってくる場合があります。
たとえば、木の厚みなどによって思ったよりも空間が空いてしまったり、逆に足りなかったり…それを辻褄を合わせてイメージに近づけられるようにするのが大変でした。

作業中。こうしてノミを打って荒彫りをしていく。

燕と燕が重なり合っているところなど、一枚板から彫りだしたとは思えないのですが…
ー厚さ4㎝の板を「見込みを取る※」ことで立体感や奥行き感を出している。
見込みも取りすぎるともろくなるので取りすぎず、強度が保てるよう厚みを残しつつ…。
羽部分は2㎝ほど足している部分もある。
※「見込みを取る」とは…
彫刻の表面から裏面に向かって斜めに削るように彫っていくこと。モチーフを正面から見たときに、より立体感が出る。

燕を一体一体彫り進める

作品の見どころについて。
ー羽ばたいて飛び立つときの躍動感を強調したつもりなので、これを見て感じてもらえたら。

井波へ。

池田氏は福岡県遠賀郡出身。高校卒業後に調理師学校に進学したが、元々ものづくりに関心があったこと、また社寺巡りが趣味だったことから料理の道よりも彫刻の道を選んだ。

井波にやってきたのは23歳の頃。
彫刻師になったきっかけは、富山旅行の際に井波を訪れたことだった。
親方に弟子入りして彫刻師を目指せる街であることを知り、弟子入りを決めた。
なぜ井波へ?と尋ねると、「本当にたまたま」。富山に来て、たまたまの縁で弟子入りして彫刻師の道へ…縁というのはどこからやってくるのかわからないものだとつくづく思う。

井波に来てからは、日展等でも著名な前川正治氏に師事し、5年の修業期間を経て独立。
修業時代は、親方である前川氏の家に住み込み、兄弟弟子らと暮らした。
池田氏の兄弟弟子は、田中孝明氏、前川大地氏。3名とも、モダンな作風が特徴的な、現在の井波を代表する彫刻師だ。
伝統技法を用いながらも現代的な作風である点について尋ねると、「師匠である前川正治氏が伝統にこだわらない人であるためその影響があるのかもしれない」とのこと。
池田氏自身も伝統にこだわりたいほうではないと言う。
例えば、井波彫刻の技術力の高さを象徴するもののひとつに欄間彫刻があるが、池田氏はそれよりも、欄間彫刻に使われる透かし彫り技術を生かした新しいものづくりを目指している。

その理由の一つに、台湾や中国製彫刻の台頭がある。彼らは井波彫刻の10分の1という破格の値段で請け負い、住宅欄間はもちろん、山車、社寺彫刻など井波彫刻の主戦場であった「ハレ」にまで一気に広がってしまった。更に現在は3Dプリンタ等、新しい技術による安価な製品が市場にあふれ、従来よりも単価が大幅に下がっている状況だ。
そうした変化の中で安い業者と渡りあうのではなく、「自分らしいもの」を作れたらと考えるようになった。

「今回の燕が一番新しくて一番自分らしいものかもしれない」
「今後も伝統とか人の評価に縛られず自然に作れたらいいなと思う」

口数が多い方ではないが、こちらの問いに対し丁寧に一つ一つ言葉を選びながら話してくれた。

作風について


池田氏の作品の一部。伝統的なものから現代的なものまで。

「井波彫刻の美しさとは?」の問いに、「透かし彫り」を挙げた池田氏。これまでの作品も、透かし彫りの技術を生かしたものが多い。木のあたたかみを感じさせながらも、かろやかな印象を抱かせる燕や花々。欄間ではなく額装の中で、キャンバスのような空間を巧みに生かした作品の数々は両面から彫ることで生まれる立体感が、やさしい風のようだ。井波彫刻は、ヤスリを使わずにノミだけで木の表面をなめらかに削るのが伝統的な仕上げ方だが、池田氏の作品は敢えてノミ跡を残す。これがやわらかな風合いとなり、池田氏の作品を印象付けている。池田氏の持ち味でもある現代的なエッセンスを取り入れた作風にうまく溶け込ませ、木の質感を殺すことなく調和する。今回制作された作品も、まさにノミ跡によって燕の羽の質感が表現されている。

自身の作風について尋ねると、謙虚に「自分の作風はまだまだ研究中で…」と回答した池田氏だが、うちに秘める思いは熱く、空に向かい風を切って飛び立つ燕は、まさに彼自身でもあるように感じた。

好きなモチーフは動植物。物腰柔らかくおだやかな印象の人柄によく合うモチーフだ。
話しを訊きながら窓辺に目をやれば、心地よさそうに腹を向けて昼寝をする猫の姿が目に入った。もちろん、彫刻である。
触れれば体温が伝わりそうな、やわらかそうな毛並み。まるで生きているかのように自然なポーズ、表情。まるでそこですやすやと寝息を立てていそうな姿だ。
モデルにしたのは自宅の猫。やさしい目線が、そこにあると思った。

すやすや…

ちょっと余談

最後に好きな音楽について訊いてみた。
工房ではやさしいインダストリアルミュージックが流れていたので訊いたところ、若い頃はハードロックが好きだったそう。特にヴァン・ヘイレンなどを好んでいたとのこと!
最近ではあまり音楽を聞くことがなくなったそうだが、寡黙で温和な印象の池田氏の、意外な一面が垣間見えた。

プロフィール

福岡県出身​
​2001年 木彫刻師、美術工芸作家の前川 正治​氏へ弟子入り
2007年 独立
 以後、各地の山車彫刻、寺社彫刻の制作に参加しながら自身の作品制作にあたる
​2013年 雅号を「塔」とする
2016年 工房兼ギャラリー  オープン

<展示会等実績>
2011年 International wax sculpture(タイ)
2015年 ザ・セッション アートの俊英展 (福光美術館/南砺市)
2015年 グループ展「ネコのいるくらし展」(ギャラリー無量/砺波市)

※本記事は2024年4月時点での情報です

《この記事を書いた人》
池端まゆ子

時代が移りゆく中でも継承されてきたものに強く惹かれる。歴史、背景を知るのが好き。趣味は芸術鑑賞、料理、本の蒐集。

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