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少し前の大エース

金子千尋投手が引退を発表。
2004年ドラフト自由獲得枠で合併初年度のオリックスバファローズに入団。
当時は今ほどNPBに関心がなく、アマチュアにも疎いことからエリート社会人選手が地元新球団に入った程度しか認識がありませんでした。興味を持ち出したきっかけの一つに下記の一件があります。

【野球】現役引退表明の金子 イチロー「なめとんか」から始まった絶対的エースへの道/オピニオンD/デイリースポーツ online (daily.co.jp)

勿論この時話題になったのはイチロー氏であり清原氏で、若手投手が世界のヒットメーカーに対して初球変化球を投げたことに清原氏が怒りのコメントを出し、それに世間も同調していた構図が何となく記憶に残っています。

この時代はとかくMLBとNPBの違い(というよりNPBへのネガティブ報道)が報道されていた印象で、真っ向勝負のMLB(といっても敬遠はやたら多いしバントもする)と小技を駆使するNPB(といっても国際大会で勝つ時は大概ビッグボール)の象徴としてメディアには格好のネタだったのでしょう。

このニュースを見た時の印象は「イチロー相手なら速球勝負したくなるもんだと思うけど面白い投手がいるなぁ」「空いてるみたいだし一回球場で見てみようかなぁ」程度だったと思いますが、実際球場で見た第一印象は「ほっそ」でした。今ほどウェートトレーニングが重視されていなかったであろう当時でさえ彼の体は周囲と比較して痩せて見え、「この投手が自由枠なの?」と首を捻った事だけははっきり覚えています。

しかし、認識を変えるまでに時間はそれほど必要ありませんでした。
実績に関しては語る必要もないので割愛しますが、とにかく見ているのが面白かった。どの球種も球種の一つでしかないと思える精度の変化球だけでなくイニング間の投球練習で急にワインドアップで投げてみたり、どういう意図で?と常に考えながら見るのが楽しかったです。彼の登板日と休日が合えば、ガラガラのスタジアムにも拘らずその投球を捕手目線に近い位置で見たくてネット裏の高額チケットを確保していたほどに。

ノーノーならずも見事な投球。あの日の9回を振り返る - YouTube

長期高額契約を結んだ後は怪我離脱も多く一度も優勝できないままチーム内の序列も下がっていき契約満了。減額制限オーバーオファーからの退団→移籍は両者の判断共に理解はできるものの寂しいものでした。

皮肉にも当時暗黒期はさらに伸びると思われていたオリックスはスカウティングや育成システムの結果若手投手達が異常な成長を遂げリーグ優勝2度に日本一を達成。故に(それだけではないけども)賛否分かれる投手ではあるのでしょう。

しかし、NPBに再度興味を持たせてくれた彼には(現実的には不可能と分かっていても)オリックスで優勝してから引退してほしかったなぁ。

改めまして、、

   本当にお疲れさまでした!!


引用元↓

デイリースポーツ online (daily.co.jp)

(パーソル パ・リーグTV公式)PacificLeagueTV - YouTube

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