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正しい生き物

園子は、ほかの女が化粧をする場に立ち会うのが嫌いだ。正確に言えば、怖いのだ。むき出しの女が放たれる、そんな気がして不安なのだ。

手さえかければ、仕上がりのレベルに差こそあれ、誰もが美しくなれるという信仰の、その重さに耐えられなかった。 みんな自分の価値を信じられるのが、少なくとも信じているように見えるのが、不思議だった。普段は天然ぼけで売っている者も、ひとたび鏡に向かえば、押し黙って女の仕事をする。時々仕事中に話をする者もあるが、心ここにあらず、真の関心の対象は鏡の中で、会話をするのはぬけがらたちだ。園子の目には、異様な風景のように映った。
美しくもなく純粋でもない園子は、残念ながらこの信仰を温めることができなかった。

だから、園子は家族の前で化粧はしなかった。でろりと女を露呈するのは、月経の話をするのに似た、気まずさがあるように思えた。
どんなに急いでいても、電車で化粧はしなかった。

(つづく)

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