子どもの話を最後まで聞くことの大切さ
一昨日、1学期が終わりました。
その1学期最終日に色々思う出来事がありましたので、それを紹介させていただきたいと思います。
ある児童が嘘をつきました。
「先生、裏切られた感じがしてすっごい嫌だ!!」
と、僕にしては珍しく、かなり強めに指導しました。以前にも同じような出来事があったからです。
そして、
「こんなことばかりだと、あなたのことを信じることが厳しくなります。良いんですか?」
と聞くと
「良いです。どうせ親にも誰にも信じてもらえないから。」
と言ってきました。
ん?と思って、
「親に信じてもらえない。そうなの?」
と聞くと
「宿題やっているって言っているのに信じてもらえない!最近学校でも家でも何も楽しいことがない!もう二学期から学校に行きたくない!」
と堰を切ったように話し始めました。
「どうして何も楽しくないと感じるの??」
と聞くと、
「先生が最後まで、話を聞いてくれないから。いつも他の子が途中で話に入ってきて最後まで話を聞いてくれない・・・」
胸が痛みました。そんなことを思っていたんだ。ごめんね、という気持ちが湧いてきました。
「そうか・・・それは先生が悪かったね・・・。ごめんなさい。」
と謝りました。すると、
「許したくありません。」
と言われました。なので、
「許したくないんだね。それは分かった。でも、先生だって許せないことがあります。嘘をつかれたことです。それについてはどう思うの?」
「悪かったと思います。」
「はい。嫌でした。」
「ごめんなさい。」
「良いですよ。もうしないでください。じゃあ、次は先生の番です。どうしたら許してくれるかな?先生にどうして欲しい?」
「最後まで話を聞いて欲しいです」
「それをしたら許してくれる?」
「許したくないです。話している途中で先生に話しかけてくる子を怒って欲しいです」
「それはできません。それはあなたが伝えるべきことです。『今自分が話しているから待ってね。ありがとう。』って。でも、先生も他の子に話しかけられても最後まであなたの話を聞くことを約束します。それで許してはくれませんか?」
「許します。」
「ありがとう。納得は出来ましたか?」
「はい。」
という感じです。長くてすいません笑
何もこんなやりとりの様子を全部書く必要なかったですね笑
僕もそうでしたが、子どもにとって自分に注目が向かないというのは死活問題なんだろうと思います。
そして、多くの児童はその欲求を抑えて生活をしています。中には、悪いことをして注目を浴びようとする児童もいますが、大半の児童は「自分は大丈夫だよ」と自分に言い聞かせて生活しているのだろうと思います。
そういう普段我慢している児童の気持ちが、こういう時に怒りや悲しみとして、噴き出すのでしょう。
「子どもの話を最後まで聞くこと」
このことが、どれだけ難しく、どれだけ大切なことなのか今回の出来事で再確認しました。
普段手のかかる子ばかりの話を聞くことばかりに気を取られて、普段一生懸命欲求を我慢している児童を蔑ろにしていました。
彼を含め、みんなには本当に申し訳ないことをしたなと思っています。
同じ日に、ある女の子二人にこんなことを言われました。
「なんで○○ちゃんが泣いた時には励ましに行ったのに、○○ちゃんの時は何も声かけなかったんですか?ひどくないですか?」
○○さんはしっかりした子だから、こういう時には話しかけられたくないと思ったから、声をかけなかったのですが、そんなこと子どもには関係ないですよね。
○○さんにも本当に申し訳ないことをしてしまいました。
他のどんなことは疎かにしてしまっても、子どもの話を最後まで聞くこと。これだけは蔑ろにしてはいけないなと思わされた2つの出来事でした。
ああ、自分が分身できたらなあ。
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