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秋風にたなびく


 日が短くなった。風は冷たく秋冷を感じる夕方は十八時にもなると暗くなりだす頃合いである。窓を見て薄暗いなと思うと腹が減る。腹は漸次的に減っているのだが、こうして時間の経過を知ると、ふと一挙に思い出すように空腹に気がつく。


 冷凍庫を開けると、小分けにして冷凍させておいた豚肉のこま切れがある。それを解凍させるうちに、ありものの野菜を切る。キッチンが狭いから、流しに桐のまな板を橋掛けて調理する。包丁の切れ味は非道く悪い。
 熱したフライパンに油を引いて、田舎から貰った矢鱈に大きいにんにくの微塵にしたのと生姜の下ろしたのをしばらく火にかけると、良い香りが狭いキッチンに漂う。そこへ肉を入れてから、野菜を入れるのであるが、その前に冷凍の米を電子レンジで加熱し始める。
 豚こま肉がジュージュー言っている。湯気が出るから換気扇をつける。フライパンに野菜を入れる。それから塩と胡椒と、気分で味をつける。すると電子レンジがチンという。夕飯が出来た。
 白米と肉野菜炒めをフライパンごと机へ持っていって、椅子に座って急いで食べる。誰に見られているわけでも、何か待たせているわけでもないが、とにかく急いで飯を喉へ通す。冷めたらいけないと思い込んでいるかのように、飯を熱いうちに嚥下する。
 すると大体白米が先に無くなる。保存するのも面倒だから肉の方も食べてしまう。腹がいっぱいになる。

 腹がいっぱいになると、代わりにやる気が無くなる。何だか頭が判然としなくなる。横になりたくなる。何ちょっとと横になると、代わりに眠気が立ち上がる。うとうとしていると、いつのまにか眠っている。
 
 妙な夢の世界を一通り低徊すると、少し目が醒める。薄目で時計を見ると、二、三時間が経っている。半分眠っている頭の中で、風呂へ入って洗い物をして、歯を磨かなくてはならないとぼんやり考えていると、窓に月が見える。月が窓から覗いている。
 重い体を寝かせたままに、目を細くして美しい月を眺めていると歌が浮かぶ。「秋風にたなびく雲の絶え間より、もれ出づる月の...」月の何だったか思い出せない。光かもしれない。陰かもしれない。そう思っていると、重かった身体がふわふわ軽くなって、いつの間にか眼前の月雲に、妙な世界へと再び誘われている。

 夢の世界のつぎはぎで、ちょっと逸れた瞬間に、また目が醒める。朝だなと思う。少しく寒い感じがする。
 布団を身体に被せ直して、また夢へ出入しようと無理やり二つの世界を継いでみる。ぷすぷす縫ってみるが、どうにも世界がくっつかないのは、妄想に糸がないからである。夢には脳の意図がある。
 諦めて布団を離れる頃には、夢のことは忘れている。秋は日が短い。

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