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さよなら、i'm lovin' it.

それはいつの間にか、隣の部屋の前に居座っていた。大きくMと書かれた3つの紙袋。番号の書かれたシールがちょこんと貼られていた。ふと目があうとパラッパッパッパー、と挨拶を交わしてくる。彼の名はマックデリバリー。何バーガーか僕はまだ知らない。

僕は彼と1週間にわたって挨拶をし続けた。毎朝、家を出ようとすると、彼はやっぱり家の前にいてパラッパッパッパー、と呼びかける。僕はチラッと横目で見ていつものように出かけるのであった。久しぶりの隣人であった。というのも、隣の部屋にはもう長らく人は住んでいない。つまり、誤配送。下の階と間違えたか、はたまた全く違う家に行く予定だったのか分からないが、彼は迷子だった。そして、僕のアパートの2階には僕の部屋と彼が居座る部屋しかない。つまるところ、彼は僕の目以外に触れることはないのである。僕と彼の秘密の毎日が始まった…。

と、愛着があるかの如く綴ってみたが、所詮彼はただのハンバーガーの紙袋である。決して僕の口には入らないハンバーガーを誰が愛するものか。全くだ。僕は顔を合わせながらも知らんぷりを決め込んだ。そうやって愛を与えないせいで彼はみるみると変わってしまった。出会った頃はハンバーガーとしての誇りと矜恃と香りを持ち合わせていたが、気がつくと雨に打たれヘナヘナと萎れ込んだゴミのような姿となっていた。もう僕には彼と合わせる顔がなかった。

本当はずっと顔を合わせたくなかった。何故なら出会った時から勘付いていたからだ。僕には彼を見送る責務があるのだと…。自分のものでは決してないものに手を下さなくてはいけないのは忍びないけれど…。誰かの腹の中で幸せに一生を終えるはずだった彼を、燃え盛る火の中へ連れ去る8時回収の悪魔に売り飛ばさねばならない…。

そうしてついにそのときがきた…。

一週間風雨に晒されても迎えの来なかった彼は確実にゴミに成り果てていた…。おぉマイケル、限界だ、もう見てられない。雨上がりの街で僕は彼に手を差し伸べた。さぁ、そろそろ時間だよ、行こう。彼のヒンヤリとした体を持ち上げ、歩き出す。出会ってから数日、はじめて僕らは同じ方向を向いた。手の中の彼は自分の重さにさえ耐えきれず、引き裂かれポテトが飛び出した。満身創痍だった。3分の旅路を終え、やっとその場へと辿り着く。彼はここで迎えを待つ。お別れだ…。

パラッパッパッパー。さよなら、i'm lovin' it.


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