マジシャンの空間支配について

色々な場所でマジックをしていると、観客が一体になってとても盛り上がったな、という時もあれば、普段と同じようにやっているはずなのにいまいちだったな、という時もあります。これには多くの要素が関係しているとは思うのですが、その一つとして空間の支配力の影響があるのではないか、と考えています。

たまに見かける光景なのですが、実力もあって面白いバーマジシャンが、外部のイベント等でしているマジックを見ると何となく物足らない、演じる作品もセリフも同じようにしているのに、いまいち伝わってこない、という事があります。
これは何もそのバーマジシャンがその日たまたま不調だった、という事ではなく、バーという近距離で少人数の観客にマジックを演じる事に長けている為、例えば50名や100名の観客に見せる事に慣れていないという事なのだと思います。

マジック、に限らないのですが、表現には有効範囲があります。スピーチを例にとってみても目の前の数人に伝えるのと、大人数に伝えるのとではまるっきり違うものです。目の前の一人に話すように500人に対して話しても、なかなか内容を伝えられるものではありません。

ましてマジックの場合、ただ伝えれば良いというわけではありません。上手く観客の気持ちを誘導し、良い雰囲気を作り、起こった不思議な現象を心地よく観客に届けねばなりません。つまりその空間を支配し、演じ手の都合の良い空気を作り出す事が必要になります。

基本的に対象の人数が多ければ多い方が空間支配は困難になります。目の前の一人、二人の注目や興味を持たせ続けるのはそれほど難しくはありませんが、50人、100人、500人と増える事に難易度は高まります。これが1,000人を超えてくるとさすがにそろそろ一人の人間の力だけでは不可能な領域に入ってくるので、大型のスクリーン等といったテクノロジーの力が必要になるかと思います。
さて、ここでいう”空間”とは仮想的なものだけではなく、物理的なものも含まれるのではないか、と考えています。つまり物理的な空間の広さが支配力に大きな影響を及ぼすのではないか、という事です。

常設のハコでマジックを演じる方には伝わりづらいかもしれませんが、外部イベント等で演じる空間そのものが変わる場合、その空間の広さで自身の支配力が隅々まで及んでいるか、それとも拡散してしまっているかに大きな影響があるな、と感じます。これにはいくつか要素があるとは思うのですが、面積、天井高、観客の密集度などが変数としては存在するようなイメージです。

空間の支配力を構成する要素もいくつもあって、フィジカル面では体の大きさ、顔つき、目線、背筋などで、それに加えて、動作や声、間といったものや、伝えるテクニックのようなものが掛け合わさります。この辺りの要素を総合すると、いわゆる”オーラがある”という事になるのだと思います。オーラがあればあるほど、多くの人を支配する事が出来ます。
マジックそのものの見せ方や構成、セリフはこれらの土台の上に乗る事になります。そのマジック的要素が上手く土台に乗ることで、マジックが成立する仮想的な空間、アスカニオが提唱するマジカルアトモスフィアーが発生されるのだと思います。

この支配力は大きければ大きいほど良い、という事でもなく、その空間に合わせた適切な支配力というものが存在するのだと思います。良い演じ手とはつまり、空間に合わせて支配力をチューニング出来る人、という事でしょう。この辺りをもう少し深く考えていくと、「マジックは生で見た方が面白い」に繋がるのではないかと思います。

もちろんどのような空間でも正確に支配が行えるのが理想的ではありますが、ある程度自身の支配力を正確に把握した上で、物理的な空間側を調整する、つまり自身が得意な面積や天井高、観客数を把握しておく事で、演じる場をその得意空間に近づける、という事も覚えておくと役に立つかもしれません。呼ばれてマジックをしにいく場合、なかなかその部屋そのものをコントロールする事は出来なかったりしますが、席の配置やパーテーションでの区分けなので仮想的に空間を狭める、といった調整は出来る場合もあります。

どのように仮想的なマジック空間を作り上げるか、という事がマジックの演じ手に課せられた使命かと思いますが、自身の能力といったフィジカル面やメンタル面とは別に、物理的な空間面ももう少し考えていっても面白いかと思います。



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