家族〈兄〉
私には、12こ上の兄がいる。
名は、ひさし。
父が当時大ファンだった競輪選手から頂いた名らしい。
職人一家の長男に生まれ、異常に手先が器用、異常に生きるのが不器用な人間。
中学時代のヤンキーブーム(横浜銀蠅など)に乗っかり、青夜會という暴走族を結成し、全盛期100人強を束ねた総長だった。
親に無理矢理入れられた高校は2日でやめた。
仲間はほとんどが高校入学を機に更生し、兄から離れていった。
残ったのは、田中とムックだけ。
毎日うちに来てはシンナーを吸い、女を抱き、我が家の夕飯を盗み食いしていた。
だが、田中はその後バイク事故で死に、ムックは肝炎で死んだ。
ひとり取り残された兄は居場所を失くし、気づいたら住吉系のチンピラに。
父は兄について硬く口を閉ざし、母は家族について問われるたび「娘が2人です」と兄の存在を消した。
兄は根が優しく、ワルになりきれず、いいように使われては身代わりに刑務所へ。
気づけば前科9犯。
何度死んでくれないか、誰か殺してくれないかと思ったことか。
でも私しか知らない背中がある。
兄が20歳、私が8歳くらいのときだったと思う。
リビングで父と母が兄の件でケンカをしていた。
それを2階へと続く階段に座り息を潜めじっと聞いていた兄。その後ろに私。
「あんなやつ産まなきゃ良かった!」
と母が言い放った一言。
その瞬間、兄の背中から、すーっと何かが抜け落ちていくのを感じた。
魂のようなものだったと思う。
もうひとつは、何度目かの出所の日、2人で駅まで歩いていたら、突然走り出し、壁をよじ登った兄。
蜘蛛の巣に引っかかった蝉を助けたのだ。
が、すでに息絶えていて、その先の大きな木の下に丁寧に埋めてやって。
忘れられない背中。
私はこの兄がいたから、私になったなと思ってる。
いまはシャバにいるけど、毎日カップ麺だし、歯もほとんどないし、長生きできないとは思う。
でも私は何があっても兄をしっかり看取ると決めてるし、何があっても無償の愛を与え続けたい。
父と母には長い間会えていない。
でもこないだ母が作ったカレーをこっそりジップロックに入れ、クール便で兄に送った。
母のカレーが大好物だったから。
「届いた?」
『おお』
「食べた?」
『冷凍した』
「なんでよ」
『なくなっちゃうから』
生まれてくれてありがとう。
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