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4冊目 『ただ、それだけでよかったんです』

 こんにちは、豊世です。紹介する本もこれで4冊目なのですが、いまだに記事の書き出しになれませんね(笑)何か季節のあいさつとか入れた方がいいんでしょうか。でもただでさえ記事が冗長になりがちなので最初くらいはすんなり入ったほうがいいのではと思うので、今回も早速始めていきたいと思います。
 今回紹介するのは松村諒哉さんの『ただ、それだけでよかったんです』です。この作品、KADOKAWAが主催している小説新人賞の電撃大賞の大賞を受賞している作品です。電撃大賞は日本一応募作品数が多い小説の新人賞なので自分も一時期受賞作は毎回チェックしていたのですが、本作はその中でも異彩を放っていました。
 なぜなら、本作の舞台は市立の中学校。そして、生徒のいじめを題材にした作品だからです。

1、 あらすじ
 ある中学校で1人の男子生徒がいじめを苦に病んで自殺をしたという事件からこの物語は始まります。
 自殺した男子生徒・Kは文武両道で人望も厚く、クラスの中心人物でした。しかしその陰でKは他の友人3人とともにクラスメイトの1人の男子生徒・Sから壮絶ないじめを受けており、自殺する1ヶ月前にその内容がネットの掲示板に投稿されたことがいじめが発覚する発端となりました。その翌日にSが教室内でKに暴行を働いたことからいじめが明るみになり、それからは保護者や教師など多くの大人がこのいじめの解決に乗り出します。Kを含む4人の生徒には献身的な保護がなされ、それに対してSは厳しい指導が行われた上、クラス内でも社会的制裁を受けることとなりました。
 しかし、そんな状況であったにもかかわらず、1か月後にKは自ら命を絶ってしまいます。周囲からの監視Sへの目があったうえで、なぜKはいじめを苦に自殺をしてしまったのか。そもそも、どうやってShaたった1人で4人をいじめていたのか。
 物語は真実を明らかにするために翻弄するKこと岸谷昌也の姉の香苗と、後にKを自殺に追いやってしまうことになるSこと菅原拓の2人の目線、2つの時間軸で語られていきます。

2、 事件の中で隠された2つの謎
 この物語はある1つのいじめの事件の真相に迫っていく過程を描いています。そして、この事件には2つの大きな謎があります。
 1つ目は、「冴えない1人の男子中学生がどうやって4人のクラスの人気者をいじめ、さらに周囲からの監視の目がある中でどうやってそのうち1人を自殺に追い込んだのか」ということです。あらすじでも書いたようにK=岸谷昌也は運動にも勉学にも秀でたクラスの人気者であり、この中学校で試験的に導入されている「人間力テスト」でも高得点を獲得する完璧人間です。また、彼と同じようにいじめられていた3人も同様に皆クラスの人気者でした。一方、S=菅原拓はクラスで友達もおらず人間力テストの点数も非常に低かった、クラスでものけ者扱いの人間でした。
 そんな言わばスクールカースト最下層にいるような人間が、どうやってカースト上位の人間をいじめ、追い込んでいったのか。これが1つ目の謎です。
 そして2つ目は、「なぜSこと菅原はそのような事件を起こしたのか」ということです。菅原は物語の中盤以降、ある明確な目的を持って行動していきます。その目的とは一体何なのか、どのようにして実現するのか。そして、その過程でどうして岸谷昌也を自殺に追い込んでしまったのか。これが2つ目の謎です。
 この2つの謎の答えは、前者がロジカルなものに対して後者はとてもエモーショナルです。もう少し説明すると、前者はピースを集めて状況を整理し、論理的に考えることで見えてくるものですが、後者は登場人物全ての感情が絡んだおり、文学的です。推理物のような話の構造の上手さと登場人物たちの繊細な思惑を描いていることが、本作の大きな魅力です。

3、 絶妙に上手く表現された「中学生男子」
 物語が進むにつれて明らかになっていきますが、事件の首謀者である菅原は、なんというかとても中学生らしい人間です。卑屈で斜に構えた態度で世の中や周りの環境を呪い続けている様子はまさしく中二病そのもの。その表現が非常にリアルであることも本作の魅力の一つです。
 中高生というのは小説などのキャラクターの題材に扱われやすい年代ですが、往々にして若さゆえの元気さ、無鉄砲さや将来への希望と不安を抱えているといった点がフォーカスされがちな気がします。しかし本作はそういった明るい面ではなく、未成熟ゆえの愚かさという点を象徴的に描いています。そういう意味でも今までにない新しい雰囲気の小説とも言えるでしょう。
 最後に自分が一番好きな、ひねくれた菅原の心情を見事に描写している部分を紹介したいと思います。

 意外に思われるかもしれないけど、僕は放課後、月に二回くらいの頻度で街のプラネタリウムに訪れる。ここで大事なのは、僕は別に星なんか興味がないということだ。夜空だってわざわざ見ようとは思わない。星座版の使い方さえ忘れてしまっている。つまり僕はプラネタリウムが好きなのだ。理由を聞いてはならない。

 いまいちピンとこないという人もいらっしゃるかもしれませんが、共感できる人もきっといると思います。ちなみに自分は休み時間は教室でちっとも意味が分からないハイデガーをイキって読んでいたような人間なので滅茶苦茶刺さりました。

 以上です。文章に多少癖のある作品ですが、記事で紹介してきたように魅力的な部分がたくさんあるので是非読んでみてください。また、著者の松村さんは現在では一般文芸作家として社会問題を多く盛り込んだ小説を出しているので、そちらも機会があれば紹介したいと思います。ではまたお会いしましょう。

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