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3冊目 『長距離走者の孤独 』について

 こんにちは、豊世です。ちょっと間があいちゃいましたが、挨拶とか全部含めるとこの記事で5本目の記事です。毎回お付き合いいただき、ありがとうございます。
 今回紹介する本はアラン・シリトーの短編作品である『長距離走者の孤独』です。自分の記事では初の海外文学ですね。最初の記事でも書いたように自分は海外SFは結構好きで色んな作品に触れてはいますが、SF以外の文学作品やミステリーはあまり読んだことがありませんし、アラン・シリトーについても短編集1冊分しか読んだことがありません。しかし、自分が昔陸上の長距離をやっていたこともあって馴染みのある題材だったので手に取ってみました。では紹介していきます。

1、 あらすじ
 主人公の少年スミスは日ごろから盗みといった非行を繰り返し、遂には窃盗の罪で捕まって感化院という保護施設に送られます。そこで彼は長距離選手としての才能を見込まれ、感化院の代表としてクロスカントリー走の選手権に出場することが決まります。
 スミスをだしに名声を得ようとする感化院の院長の思惑に気づきながらも、スミスは来るレースに向けて毎朝走り込みを続けます。そしてレース本番で圧倒的な実力でゴール前まで独走しながらも、スミスはそこでわざとペースを落としてレースに負けることで、感化院長を始めとする偽善を振りかざす大人や社会に対しての反抗を示すのでした。

2、 人が走るときにどのように思考するのか
 長距離走というとしんどい、辛いというイメージがどうしても付きまとってしまいますが、走ること自体はある程度体力がつけばそんなにしんどいことではありません。よく「長距離やってるやつはただのM」という通説がTwitterとかで流れてきますが、それを言い出したら運動部は全員Mです(ど偏見)
 …というのはまあ冗談ですが、学生時代陸上をやっていなかった人でも大人になってからランニングを始めるというケースが多いのはまぎれもない事実です。もちろんそこには健康のためやダイエットのためなど、何かしら目的があるのでしょうが、走るという行為には何かそれとは別の魅力があるのではないでしょうか。
 その1つが、走っているときの思考の状態にあると自分は思います。人は走っているときに、極端に思考力が深くなるかあるいは全く何も考えていないかのどちらかの状態にあるというのが自分の持論です。ランニングが趣味の人には経験がおありかと思いますが、走ってると滅茶苦茶考え事が捗ったり、逆に全く頭が空っぽになってほとんど何も考えずに走って気づいたらずいぶん遠くまで走っていたみたいな、2つの全く違う思考が起こりえます。
 どういうときに思考が深くなり、どういうときに思考が無になるかは自分でも分かりませんが、経験的にランニング中の思考はこの2つのどちらかだと思っています。
 このことは本作の中でも描写されています。主人公のスミスは練習時やレースの中で、ある時にはとても思考が深くなり、またある時には考えていたことを全て忘れて無心になります。そうした長距離走者の内面の描写の緻密さも、本作の魅力の一つです。

3、 なぜ長距離走者は孤独なのか
 クロスカントリーレースの終盤で、スミスは「クロスカントリー長距離走者の孤独」が一体どんなものかを理解します。題名にもなっている「長距離走の孤独」とは一体何なのでしょうか。
 スミスは走っているときに度々「自分が世界で最初の一人になった気分」あるいは「自分が世界で最後の一人になった気分」というものを感じています。これは早朝や深夜に一人で散歩しているときに感じるワクワクと不安が入り混じったあの気分に似たものなのかと個人的には理解しているのですが、スミスのいう孤独の感情はそういった「世界に自分しかいないゆえの孤独」とは少し違いそうな気がします。
 思うにスミスが最後に感じ取った長距離走者の孤独とは、同じ境遇の仲間がいないゆえの孤独なのでしょう。スミスは法に従順で秩序だった大人や警察のことを自分たち無法者とは違う「有法者」と呼び、彼らの唱える「誠実」という言葉の空虚さを作中で何度も否定しています。家族や友人の元から離れて感化院に入れられたスミスは、たった1人でクロスカントリー走を走り、わざと負ける計画を立てました。そしてその計画を内に秘めたままレースを走り、長距離走者の孤独というものを実感します。つまりスミスは感化院に入れられてから終始1人で思考し、走り、自分の否定したい誠実さを唱える大人たちへの反抗の意思を示したのです。このように1人で戦い続けたスミスだからこそ、たった1人で苦しみながら勝利を目指す長距離走者の孤独というものを理解できたのでしょう。

 今回は以上です。記事は長くなってしまいましたが、本作自体は文庫で80ページくらいの短編で読みやすいので是非読んでみてください。
 個人的に陸上の長距離を題材にした小説や漫画ってあんまりない気がしますね。やはり競技として地味だからでしょうか(笑)よろしければ皆さんのおすすめの陸上小説なんか教えていただけると嬉しいです。ではまたお会いしましょう。

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