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1冊目 『半分の月がのぼる空』について(下)

 こんにちは、豊世です。今回も橋本紡の『半分の月がのぼる空』(半月)について書いていきたいと思います。
 前回は主に作品の内容について書いてきましたが、今回は小説が書かれた時期など、少し視点を変えて本作の魅力について語っていきたいと思います。

1、 ライトノベルとしては異色だった半月
 何度か言及していますが、本作には原作である電撃文庫版と、後に改稿されて単行本化された完全版の2種類があります。
 最初電撃文庫からライトノベルとして本作の第一巻が発刊されたのは2003年です。電撃文庫は今でこそ青春小説など一般文芸よりの作品も多く発刊していますが、当時の電撃文庫は現在よりもファンタジー作品が主流のレーベルでした。そもそも2003年というと谷川流の『涼宮ハルヒの憂鬱』や高橋弥七郎の『灼眼のシャナ』などの影響でライトノベル人気が熱を帯びだしていた時期であり、ラノベ=ファンタジー小説かSFというのが人々の共通認識でした。
 そんなファンタジー色の強いレーベルで難病のヒロインと主人公の出会いという作品が発刊されたわけですから、当時はかなり反対の声も多かったそうです。元々は雑誌の読み切り小説として掲載された本作が該当雑誌の読者アンケートで1位を獲得し、文庫化されたそうですがそれでも作品のテイストを変えることを勧められたと、あとがきで著者も語っています。
 加えて、作中で登場する小説もかなり渋いものが多いです。ヒロインの里香が読書好きなキャラであることもあって本作でもたくさんの小説が登場しますが、物語終盤で鍵を握る小説として登場するのがなんとデュ・ガールの『チボー家の人々』です。自分も未読なのですが、とんでもなく文量の多い長編の海外小説であり、ライトノベルで引用される小説としてはかなり異色です。(今ググったら文庫版だと13巻あるようです。プルーストかよ)
 そんな、ある意味異端と思われていた本作ですが、文庫は本編6冊にう加えてエピローグが2巻分刊行され、漫画、アニメ、舞台、実写と多くのメディアリミックスがなされました。それだけ本作が多くの人に読まれ、人気を博してきたということなのでしょう。

2、 完全版 半分の月がのぼる空
 このようにライトノベルとして発刊された本作は、2010年に大幅に改稿され、「完全版」として単行本化されています。大まかな筋は変わっていませんが、改行の頻度や文体は大きく変わっており挿絵もすべて削除されているので、初見だと元がライトノベルだとはわからないかもしれません。また、完全版では作品の舞台に合わせて登場人物のほとんどの台詞が伊勢弁に直されています。ちなみに、この完全版は2013年に文春文庫で文庫化されています(全4巻)
 さて、この完全版なのですが、単行本の方はすでに絶版となっており、新品は市場にほとんど出回っていません。中古だとAmazonなどには何点か出展されていますが、古本屋などにはほとんど置かれていないようです。(自分も昔単行本版がどうしても欲しくて100件くらいの古本屋に電話をかけたのですが、結局見つけられませんでした)
 ところで、ライトノベル作品が一般文芸として発刊しなおされること自体は実はそんなに珍しいことではないようです。『図書館戦争』シリーズで有名な有川浩の自衛隊三部作も最初は電撃文庫で発刊されたものですし、谷川流の涼宮ハルヒシリーズも2019年に挿絵などを省いて一般文芸作品と同様のデザインで角川文庫から発刊されています。
 しかし、本作の完全版ではそれらとは異なり、オリジナルから大きく内容が変更されて刊行されています。そこには一般文芸に合わせるためという目的だけではなく、著者自身の内面の変化もあったようです。
 それでは最後に、作者である橋本紡について少し書きたいと思います。

3、 橋本紡という作家について
 ここからのお話は自分が半月にハマって橋本紡という作家を知るよりも以前に起きたことです。完全に伝聞の情報で、しかも情報源がネットにしかないので話半分で読んでください。
 橋本紡は3013年4月に自身のTwitterで断筆宣言を行っております。
 氏は元々発言に少し棘があるようでSNS上でも他人といざこざを起こすこともあったようです。この断筆宣言も自身の担当編集者などの関係者には一切相談せずに行ったようで、そのほかの投稿などからも、かなり尖った考えやスタンスの持ち主だったように思えます。
 そんな橋本紡ですが、作家を引退する理由として「自分の書きたいものと世間が求めることのズレ」というものを挙げています。家族や男女の関係を描いた小説を書きたいが、それは今では売れることがないのだと。周囲の反対を押し切ってラノベで半月を書いたころと比較すれば、氏の小説に対する考えの変化が感じられる発言です。
 もちろん半月の第1巻の発刊から断筆宣言までの10年間で出版を取り巻く環境は大きく変わっていたのかもしれません。ですが、その発言から7年たった今でも氏の言うような家族や男女の関係を描いた小説は変わらず売れていますし、エンタメ小説もビジネスとして十分成立しています。とすればやはり変わっていったのは橋本紡自身の内面なのだと自分は考えます。
 その変化が果たして良いものなのか悪いものなのかははっきり言うことはできません。確かに1人のファンとして氏がエンタメ小説の未来を悲観し、筆を折ってしまったのはとても悲しいことです。しかし、そんな氏の変化があったからこそ完全版の半月が書かれたということもまた事実です。
 強調しておきますが、完全版の半月は本当に面白いです。元々のストーリーの良さに美しい表現が加わって作品がより一層洗練されています。
 これは持論ですが、人にはその瞬間にしか作れないもの、というのがあると思います。技術や経験が身についたとしても老成してからでは書くことができないものは必ずあるのだと。多くの経験を経て考えが変わってしまった橋本紡には書けなかったものが原作の半月であり、それを至高の作品へと昇華させたのが完全版の半月なのです。
 つまりこの完全版の半月には、15年間活動していた橋本紡という作家の全てが詰まっているとも言えると、私は考えます。

 

 …とまあ、本作に関してはこんな感じです。思ってた3倍は長くなってしまった、最後まで読んでくださった方がいらっしゃったら本当にありがとうございます。
 以上をもちまして、この『半分の月がのぼる空』についてはいったん区切りとさせていただきます。でも本当に好きな作品なのでまた書くことがあるかもしれません…
 今後も自分のnoteは好きな作品について好きなように書いていく予定です。次回からは1冊につき1回の記事に収まる分量の予定なので、またお付き合いいただけると幸いです(次回更新は未定ですが)。ではまたお会いしましょう。

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