Aged and Rotten Egg

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「況や悪人(ワル)どもをや」No.16

            16、  片山の予想通り、昼飯時に工夫達がトラックで食堂に戻ると、入り口に、荷台に谷熊組と大書きしたトラックが止まり、昨日の男たちが、その数を増やしてその廻りで屯ろしていた。トラックの後ろに、大きなボンネットのパトカーが止まっていた。  工夫らが、トラックの荷台から降りるのを待って、やくざ者たちが取り囲んだ。昨日の今日、工夫達にも勢いがあった、暫し睨み合っていると、パトカーから、綿入れを着込んだ、丸坊主の男が降りてきて、工夫の中に、頭一つ背の高い菅原を

    • 「況や悪人(ワル)どもをや」No.15

                   15、  数日後、昼飯の途中に、片山が椅子を離れ、次に別の工夫が、そして次々と他数名が、項垂れて食堂を出て行った。残った他の者の誰も陰鬱な顔して俯いたまま、だった、   菅原は気になり、窓から外の様子を見ると、食堂を出て行った工夫たちが、宿舎敷地の入り口に集まり、表に数人の、どう見ても真面目そうには見えない男達に怒鳴られ、襟首を絞められ、気性の激しい片山もされるがままになっていた。  菅原は男たちの素性をすぐに見抜いた。片山らは、俯いたまま何度も頭を

      • 「況や悪人(ワル)どもをや」No.14

                     14、  佐竹との話が伝わったか、小島が、休憩中、話しかけてきた、 「菅原さん、組合、入る?組合入れば、例え喧嘩しても、そう簡単にはクビにされないよ。生活が安定すれば、そんなに喧嘩しなくても済むだろうし。その気に成ればいつでも云ってくれれば」 「正直云うと、オラ、よく知らねえだ、クミアイのこと、さ、変な、さ、ロシアの何とかにカブレたさ、トクダ?とかノダカ?とか云う男に騙されて、さ、汽車ひっくり返したり、させられるんじゃねえべか?」 小島は口端を歪めて

        • 「況や悪人(ワル)どもをや」No.13

                      13,  仕事が一段落ついて、次の列車の通過まで多少余裕があれば、男たちはレールに腰かけて、煙草の煙を空に向けて噴き上げる。  男たちの、新入りの菅原への、子供が人見知りするような警戒心も徐々に解れたか、たばこを差し出して、何が嬉しいのか、満足そうな笑みを浮かべる。  別に何か話しかけてくる訳ではないが、横に、レールの上に腰かけて、ただ煙草を吸っていたりする。  菅原にずっと黙っていられて息苦しくなって来たのか、今日は、珍しく横に座った小柄な佐竹が、足

        「況や悪人(ワル)どもをや」No.16

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.12

                      12,  峠を早足で下って宿舎に帰る菅原は、何の脈略もなく、昨夕の、小島との会話を思い出していた、 (さっき監督、云ってましたけど、菅原さんは、ずっと炭鉱で?) (ここは、初めてですか?) 菅原が (有難えことに) と返事をすると、小島はその(有難えことに)の意味が解らなかったのか、小島に怪訝な顔を向けた、 (こんなこと聞いていいですか、菅原さん、お生まれは?) 菅原が、なして?と聞き直すと、小島は、 (訛りや喋り方が、東北の共通語、みたいで、どこの方

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.12

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.11

                     11、  四畳半ほどの部屋に、壁に沿って両側に三段のパイプベッド、部屋は男たちが鼾とともに吐き出す焼酎と、磨いたことのない口の臭い、それに垢にカビが生えて饐えたような体臭が入り混じって、息をするだけで、胃が抉られるような吐き気に襲われる。  しかし、菅原には、この、男たちの、雷のような鼾のお陰で、一々、その鼻穴に手を当ててその寝息を確かめる必要もなく、また、誰か、眠られずに目を覚まして天井を見上げてはいないか確かめる必要がなかった。  菅原はベッドから

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.11

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.10

                  10, 「さっき監督、云ってましたけど、菅原さんは、ずっと夕張、ですか?」 「いんにゃ、そうでねえだ、炭鉱夫やっだり、土方やっだりで、時には九州なんかでも仕事の話があれば出かけて、ま、ニコヨン、専門、だ、な」 「ここは、来た、ことあるんですか?」 「有難えことに、初めて、だよ」 「有難え」の意味が解らなかったのか、小島は、怪訝な顔をしている、 「ほんどのごと云えば、喧嘩になって、追ん出されてさ、行くどこ、稼ぐどこ、無ぐて、そしたら、こっちで工夫の仕事があるって

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.10

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.9

                     9,  代わるがわる湯舟で汗と泥と石炭の煤を流し、飯を食い終えた工夫達は、飯台の上を片付けると、その上に座布団を載せ、花札を始めて、互いに罵り合い乍ら博打に興じ入った。  菅原は暫く男たちの狂騒ぶりを眺めていたが、涼しい風が欲しくなって外に出て、夕暮れの、どんよりと曇った空の下に、今日行った現場、狩勝峠の山頂を見上げていた。 その視線の先、峠の中腹に、黒い大きな大蛇のように列車が、湾曲に大きく曲がった線路を、先頭で引っ張り、最後尾で押し上げる機関車からも

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.9

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.8

                     8,  飯を食い終えると、抱えてきた布袋を、飯炊き女に案内された部屋に置き、そこで班長の宮田から渡された作業服に着替えた。作業員らを満載したトラックの荷台に乗り込み、作業現場に向かった。  雨風に土や砂利を抉り取られて、石や小岩が剥き出しになった道は、まるで河原を走るように、トラックの大きなタイヤでも小岩に乗り上げて跳ねて傾き、穴に落ち込んで身動きできなくなって全員でトラックを押したほど凹凸が激しく、荷台の工夫達はその度、体が浮きあがり、そして荷台に貼っ

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.8

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.7

                       7, (再註:下記URLには、本作のメイン舞台となる、 狩勝峠、狩勝トンネル、機関車などの風景写真が収録されています、参照して本編読んで頂ければ、文章では表せない、生の景色が、読者の皆様の脳裡に映し出されて参ります。 狩勝トロッコ鉄道様にはLinkageのご許可頂いております。但し、収録されている写真の無断転載は許可頂いていません) http://ecotorocco.jp/railhistory/ http://ecotorocco.jp/rail

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.7

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.6

                      6,  ガーネット少佐と秋山、二人は厚木基地で、二人を札幌まで送る輸送機が出発準備を終えるのを待っていた。  横浜・大黒のCICを軍用車で出て厚木基地に着くまで、常なら多少冗舌なガーネット少佐が車内でも殆ど喋らなかった。今も、少佐は、窓際に立ち、厚木の、戦時中の灯火管制下の街のような、漆黒の闇夜を眺めている。  少佐に与えられた任務は重大であり成就するには相当の困難が予想される、しかもその命令を完遂するために与えられた時間は余りに短期であった。  秋

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.6

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.5

                       5,  GHQ・SCAPの民政局の下にあった軍政部とは別に、占領行政の一端を担った組織があった。その一つが参謀第二部(G2)の下部機関、CIC(対敵諜報部隊)だった。  人員は主に日系二世で構成され、情報収集、戦犯の逮捕、超国家主義者や右翼、共産主義者、労働組合の指導者、在日朝鮮人、進歩的文化人などの思想調査も行っていた。千人近くの人員、その殆どは、元憲兵隊員、元特高警察出身者であった。  北海道には札幌(大同生命ビル)にCIC地区本部が在り、函館・

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.5

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.4

                     4,序ノ四  対ソ、対中、対共産戦争への態勢はほぼ整備出来ていた。世界は第三次世界戦争勃発を危惧しているが、マッカーサーには望むところであった。今、地球上で軍事力、経済力において米軍に敵する力を持つ国は存在しないのである。   今なら地球人類史上誰も成し得なかった世界制覇さえ夢ではなかった。この金と力で世界を征服し、マッカーサーは、世界最強の国、アメリカの大統領の椅子に座ること、それがマッカーサーの究極の野望だった。  だが、そのマッカーサーの夢も野望

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.4

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.3

                      3,序ノ三  大群衆どよめく歓声に窓ガラスが地震のように震動した。ギャルソンは皇居前広場、群衆渦巻くその中心の壇上に、徳田球一に代わって演台に登る野坂参三の姿を見た。トクダ、ノザカ、この二人は赤い嵐、日本共産党の両巨頭である。  各労組にカビのようにはびこるこれらアカかぶれ共を追放するために策案されたのが「定員法」だった。  以来、アカは激しく抵抗した、収まるどころか、赤い風、赤い嵐は勢い増して吹き荒れた。今眼下に群集する人々が、振り上げる拳がヨシダ

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.3

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.2

                       2,序ノ二  大男ギャルソンは三年前(昭和二一年)の五月一日に見たと同じ景色、群衆が坩堝となって、人のいきれが湯気のように沸き立つ、皇居前広場を見下ろしながら、マッカーサー元帥の言葉を思い出していた、 「私はヨシダに策を授けた。「定員法」(註:行政機関職員定員法)だ、これでアカいネズミどもを煽れ、燻り出せ、出てきたところを一網打尽に焼き殺せ、と命じた」 戦後、コクテツは大量の復員者を抱えて経営が悪化した。そこに共産党の狗どもが巣食った。コクテツはアカ

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.2

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.1

          題名 「況や悪人(ワル)どもをや」 初めに、 下記URLには、本作、第二部の、メイン舞台となる、 狩勝峠、狩勝トンネル、機関車などの写真が収録されています、参照して本編読んで頂ければ、文章では表せない、生の情景が、あなたの脳裡に映し出されて参ります。 狩勝トロッコ鉄道様にはLinkageのご許可頂いております。但し、収録されている写真の無断転載は許可頂いていません。 http://ecotorocco.jp/railhistory/ http://ecotorocco.jp

          「況や悪人(ワル)どもをや」No.1