Aged and Rotten Egg

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「人畜所履髑髏」No.18&終

            18,  驢馬の首に抱きつき、泣きながら回想する藤原広足の見る景色は、全て闇の空間に立体して映し出されていた。その映像が消えると、藤原広足は、気を失って石畳みに倒れ伏した。驢馬が心配気にその様子を見、百合の曝髑髏の目から大粒の涙が溢れた。  丈六の閻魔大王、控える餓鬼どもに、藤原広足を連れ去れ、と命じた。藤原広足、餓鬼共に体を抱えられて、闇の中へと消えて行く。  驢馬は目に涙を溜めてその後姿を見送る、そして百合の髑髏も、溶けるように闇に消えてゆく藤原広

    • 「人畜所履髑髏」No.17/19

                   17,             授業中、時に、ふと、ひとの視線を感じるようになった。気になり、振り向いた先に、髪の長い、色白の、ほっそりした女子学生が居た。目が合った。女子学生はにこりと、その眼に何の悪意も恐れも無く、微笑み、そして軽く会釈した。そんな、子供のような、人懐っこい目を見たのは初めて、だった。広足はつられて、こくりと頭を下げた。  名前を、百合、と云った。いつも一人で、目を、野獣のようにぎらぎらさせている広足が気に成っていた、と云う。でも

      • 「人畜所履髑髏」No.16/19

                     16/19  広足はその後のことはよく覚えていない。あの後、自分が何をしたのか何も覚えていなかった。だが、中学校を卒業し、街に出て夜間の高校に通うようになって、少しずつ、あの夜の記憶が生々しく蘇るようになった。  広足は、モト爺の家の台所から持ち出してきた包丁で、驚く母を刺して殺し、逃げるモト爺を後ろから羽交い絞めにし、その首に血にまみれた包丁を突き刺し、掻き切って殺した。  広足は、母を裸のまま背負って連れ出し、井戸の後ろに一旦隠し置き、そしてモト

        • 「人畜所履髑髏」No.15

                         15,  翌る日、恐る恐るモト爺の家の様子を見に行った。モト爺は、一人で将棋盤に向かい、駒を動かしては頻りと考え込んでいる。モト爺のいつもの姿だった。何となく安心して帰りかける広足に気付いてモト爺が手招きした。広足は、悪戯が見つかったような気持ちでモト爺のところに行った。  モト爺は、将棋盤に目を遣ったまま、 「昨日は、見とった、な?」 と訊いた。広足、顔が真っ赤になったが、答えずにいた。 「初めて、か、してるとこ、見たのは?」 「…」 「もっと

        「人畜所履髑髏」No.18&終

          「人畜所履髑髏」No.14

                      14, 日本霊異記 中巻 四十一 女人大蛇所婚賴藥力得全命緣 より 河內國更荒郡馬甘里,有富家。家有女子。大炊天皇世,淳仁朝。天平寶字三年己亥夏四月,其女子,登桑揃葉。時有大蛇,纏於登女之桑而登。往路之人,見示於孃。孃見驚落。蛇亦副墮,纏之以婚,慌迷而臥。父母見之,請召藥師,孃與蛇俱載於同床,歸家置庭。燒稷藁三束,三尺成束為三束。合湯,取汁三斗,煮煎之成二斗,豬毛十把剋末合汁,然當孃頭足,打橛懸釣,開口入汁。汁入一斗。乃蛇放往殺而棄。蛇子白凝,如蝦蟆子

          「人畜所履髑髏」No.14

          「人畜所履髑髏」No.13

                       13,  土を深く掘りそこに子を寝かそうとして、私は、そこに埋まる、人の形そのままに遺った白骨の骸を見つけました。きっと、この男の母、だと信じ、その骸に手を合わせ、私の子の死後のことをお願いしようとして気が付きました、骸に頭が無かったのです。こんな浅い、土を盛っただけの、犬か猫の死骸を埋めるような粗末な墓、何十年も雨風に曝されて、お供え物を食いに来た猪か、野犬に掘り出されてどこかへ持ち去られたのかも知れません。  私はもっと深く掘り、私は子を横たえ、

          「人畜所履髑髏」No.13

          「人畜所履髑髏」No.12

                      12, 「何か訳が有りそうだな。そなたの先祖代々の菩提寺から、そなたの過去帳を至急取り寄せた。それによると、そなた、男に殺され、埋められる数か月前に男児を生している、が、その赤子の行方が分からなくなっていた」 百合の髑髏が、音立てて震え始めた。 「隠さず申すがよい。父親は誰だ?」 暫し押し黙っていた百合、だが、意を決して口を開いた、 「ここにおります、藤原広足です」 「その子供は今、何処に居る?」 百合の、骨となった手が、石畳を掻き毟る、 「この男、藤

          「人畜所履髑髏」No.12

          「人畜所履髑髏」No.11

                      11,  曝髑髏そして首の無い骸は口々に男を罵った、そして、自分達だけではない、あの墓地や山には首を絞めて犯され、殺されて穴に埋められ、蛆に食われて髑髏と成って、その頭を犬畜生に踏みにじられ、穴から掘り出されて猪に食われた女は他にももっといる、それが証拠に夜な夜な女達の、悲しい悔しいと呻き泣く声が闇夜に聞こえると訴えた。  髑髏や首の無い骸が男を激しく罵る間、男は、それでも顔色一つ変えず、素知らぬ気に顔をそむけていた。百合への裏切りの罪を責められて

          「人畜所履髑髏」No.11

          「人畜所履髑髏」No.10

                     10,  石畳に並べられた、曝髑髏2体と首の無い骸、そのどれもが小刻みに震え出し、やがてその震えが女の泣き声に代わり、そして一つの曝髑髏が呻いた、 「己れ、藤原広足め、よくぞ現れた、この日を待ちかねた。お前の顔、忘れはせぬ。我ら、お前に浚われ、墓地に連れ込まれてなお犯され、首、絞められて殺され、屍は土中に埋められた。  我らの死骸、墓地にうろつく猪に掘り出されて山に引き摺られ、肉を食われ、残った腸は山の狸に食われ、頭と胴は野良の犬猫に食いちぎられて哀れな

          「人畜所履髑髏」No.10

          「人畜所履髑髏」No.9

                      9,  この事実を単純にみれば、地上世界ではありきたりな男と女の話となる。野心に燃え、金に飢えたお前は目の前にぶら下がった餌に飛びつきたい、だがそうするには、しつこく責める百合の存在が邪魔に成って来た、それどころか一生にたった一度きりのこのチャンスを、百合の存在を知られて全て失ってしまうことをお前は怖れた。そして百合はお前の心変わりを、騙されていたことを激しく、執拗にお前を詰った。お前は衝動的に、それともこの時を待っていたか、お前は、百合の首を絞めて殺

          「人畜所履髑髏」No.9

          「人畜所履髑髏」No.8

                     8, 「先ず女に訊く、そなたの想い、また知る処、全て包み隠さず陳べたか、改めて問う」 「司録様、私は全て、何事も隠さず陳べました、何一つ隠してはおりません」 「男、藤原広足に訊く、女が自死したと主張したが、自死を選んだ理由に心当たりは有るか?」 「私に心当たりなど有ろう筈がありません。突然の書置き、そして突然、私の前から姿を消した理由が解らず、私はただただ狼狽え、最愛の人を失い、私はそれこそ生きる望みを失くしてしまいました」 「女に訊く、そなたの陳べ

          「人畜所履髑髏」No.8

          「人畜所履髑髏」No.7

                         7,  閻魔大王、云い置いて、不動明王、愛染明王を従え緞帳の向こうに消えた。そして司録に司命、閻魔大王に代わって前に進み出て、男を囲む餓鬼の中の、いつの間にかそこに来ていた赤い肌の餓鬼に目で合図した。  赤い肌の餓鬼、戟の背で、男の頭を押さえつけ額を石畳に俯せさせ、横に控える緑の餓鬼から鎗を受け取り、男の背を、風車の羽のように振り回して何度も打ち付けた。  男、悲鳴を上げ、そしてその背中は裂けて血が飛び散った。 「どうだ、罪を認めるか?」 司録が

          「人畜所履髑髏」No.7

          「人畜所履髑髏」No.6

                        6,  男、数匹の餓鬼に、地獄牢から連れ出され、鎗の先で背中を突かれて閻魔庁内白洲に引き据えられた。周囲には、ぐるりと餓鬼共が立ち並び、手にした戟、鎗の先を男に、今にも突き刺さんばかりに向けて、睨んでいた。  正面に、螺鈿細工を鏤めたように煌めく豪華な構えの、寺の壮大な本堂のような造り、その真ん中に、燃え盛る紅蓮の炎を背に受けて、丈六の巨大な閻魔大王が座し、そして両脇に、不動明王、愛染明王の二体が、牙を剥き、剣を頭上に構えて立っている。  不動明王

          「人畜所履髑髏」No.6

          「人畜所履髑髏」No.5

                      5,   日本霊異記 上巻 第十二 人畜所履髑髏救收示靈表而現報緣 より抜粋  高麗學生-道登者,元興寺沙門也。出自山背-惠滿之家。而往大化二年丙午,營宇治椅,往來之時,髑髏在于奈良山溪,為人畜所履。法師悲之,令從者-萬侶置之於木上。 ~中略~ 自爾以還,多年歲,往來人畜,皆踏我頭。大德垂慈,令見離苦。故,不忘汝恩,今宵報耳。」  司録が、両手に広げた過去帳を閉じて姿を消した、暫くの後、赤い肌の餓鬼が、男の傍に控えている数匹の餓鬼の後ろに、気づかれぬ

          「人畜所履髑髏」No.5

          「人畜所履髑髏」No.4

                       4, 巻物を両腕に渡して広げた鬼が、壮大な社殿の、隅々にまで響き渡る大音声で突然喚いて告げた、 『これ、藤原広足、此度、闕王様の命により、お前に確かめたきこと出来し、急遽、閻浮提からここ閻魔庁に召した。  閻魔大王様の命は、阿弥陀の慈悲をも超越する。従って閻魔大王様命ずれば、その者、たちどころに人としての命を失い、閻魔庁に引っ立てられる。 我の名は、司録、こちらに控えるは司命。お前の閻浮提で犯した罪、大小漏らさず、全て我が手にするこの過去帳に記されて

          「人畜所履髑髏」No.4

          「人畜所履髑髏」No.3

                      3,  闇の中、また、誰かが男の名を呼んだ、その声が、手術室のタイル壁に反響して深い洞窟の中にいるかのように響く。確かに聞き覚えのある声、だが、それが誰だか思い出せない。 「広足よ、藤原広足よ」 その声は、手術台の下、しかし、それは、子供の頃、石を落して、その水音が跳ね返ってくるのを待って聞いたように、深い井戸の底から聞こえてくるようだ、 「広足さん」  男の名を呼ぶ声が、はっきりと女の声に変わった、そして男はその声で、自分を呼ぶ声の主が判った、しかし

          「人畜所履髑髏」No.3