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「況や悪人(ワル)どもをや」No.5

             5,
 GHQ・SCAPの民政局の下にあった軍政部とは別に、占領行政の一端を担った組織があった。その一つが参謀第二部(G2)の下部機関、CIC(対敵諜報部隊)だった。
 人員は主に日系二世で構成され、情報収集、戦犯の逮捕、超国家主義者や右翼、共産主義者、労働組合の指導者、在日朝鮮人、進歩的文化人などの思想調査も行っていた。千人近くの人員、その殆どは、元憲兵隊員、元特高警察出身者であった。
 北海道には札幌(大同生命ビル)にCIC地区本部が在り、函館・旭川などに支部を置いていた。札幌地区本部長はガーゲット少佐が任じ、五〇人ほどの隊員が配置されていた。右翼・戦犯・「共産分子」、特にソ連や「アカ」の組織とその構成の情報収集を主要な任務としていた。
 ガーネットは横浜のCIC本部に呼び出され、一人の、大柄の、鳥の巣を被ったようなぼさぼさの髪の、日本人を伴れて行った。ガーネットは、この頃、何処へ行くにもこの日本人を連れていた。
 二人は、横浜港大黒ふ頭某開運会社倉庫二階に在る、CIC横浜本部の一室に入った。
ガーネット少佐は敬礼し、付き添いの日本人は黒革の書類鞄から、大男ギャレット准将の机の上に、分厚い書類ファイルを並べた。
 准将から事前に、北海道管内不穏分子、いわゆるレッド・パージ該当組織、その構成名簿提出を求められていた。
 部屋に、何か野犬のような、いや血の匂いか、そんな鼻奥をつくような匂いが流れた、准将にはこの匂いに覚えがある、准将は顔を上げて男を見た、この男、前に少佐に会った時にも付き添っていた。
 確か、名を「秋山」とか呼ばれていた記憶がある、男は、書類を机の上に置くと、部屋の壁際に立ち、俯き加減に、何処か一点を見詰めていた。薄気味の悪い男、だった、少佐のガードマンか。
 少佐は、北海道に開発庁新設と聞き、そこに金の匂いを嗅ぎつけたか、北海道での既得権、北海道行政への実績を旧内務省が、そしてこれを機に、国から北海道の全面的自治権回復を企てる北海道庁の思惑が絡んで醜い争いを繰り返し、未だに結論に至っていない現状を詫びた。
少佐は口にしなかったが、この二者の相克に、北海道の全ての統治権を握り将来の対ソ戦争に備えたいとするGHQの目論見が加わって、事態をより複雑にさせていた。
 准将は、冷ややかに云った、
「この、国家存亡の危機の中、わが身のことしか考えられないのか、どいつもこいつも。何故、この国にはこんなクズばかりが生き残っているんだ。このままこのクズどもにこの国を任せていては、恐ろしい結果を見ることになる」
准将は東京での、日参して何かと言い訳しにやってくる日本政府の小男どもの顔を苦々しく思い出していた、
「もうこの連中にはうんざりだ」
准将は吐き捨てるように云った、そして続けた、
「私は元帥に会って来た。元帥は状況を非常に憂慮されている。我々は今、まさに窮地に立たされている、全てこれは、この国のクズ役人どもの、無能と、エゴが原因だ、と罵られた。
 そして、こうも仰られた、愈々北海道が危ない、ソヴィエトの赤兵共が虎視眈々と狙っている、北海道を落されれば、全て終わりだ。今こそ我々は、北海道に我が軍の全兵力を集約して赤兵の侵略に備え、北海道を死守しなければならない。
 我が軍は、本土の兵力の大半を北海道に注ぎ込む。北海道全土の、軍事、行政の全権を札幌地区GHQに与える、筆頭責任者に君を任ずる。空路、鉄路、海路全てに兵を配置し、赤兵の侵攻に備えよ」