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仁義礼智とは何か? 榊原安英氏

1.仁義礼智信 なぜ初期の儒教には信がないのか。

儒教といえば、仁義礼智信。
だが、「大学」の記述には、仁義礼智と4つしかない!それは何故かという単純な質問を、本日のプレゼンテーターは榊原安英氏が解説してくれた。
榊原先生は工学博士。日本原子力研究開発機構にて、原子力開発に永年携わり、同時に、福井大学にて構造解析学・量子エネルギー応用論を研究指導されてきた。

今回のプレゼンテーションは、それこそ「構造解析学」的。
たった10分でここまで広げて、最後は綺麗にまとめられた。
お見事!
何を言われたか、高度すぎて分からなかったので、私なりの解釈を、榊原先生のレジメを中心にまとめてみました。参考にしてください。

「仁」とは、あわれみの心、
「義」とは、恥ずかしいと思う心、
「礼」とは、敬い慎む心、
「智」とは、是非を判断する心であり、それらをまとめて「四徳」と呼ぶ。

儒教では、仁義礼智信というが、
あれっ4つしかない。

「信」とは何かというと…

信とは、誠実の心であり、字のごとく「人偏に言う」と書く。
つまり、「言ってることとやっていることを一致させること」、これが「信」という言葉だ。

つまり、まず、仁義礼智の4つの心を持つ。
しかし、持っているだけではだめで、それが言動一致
口だけはなく、実際の行動を示すこと。
それにより、周りから自然に信頼される、それこそが「信」なのである。

確かに、仁義礼智があっても口だけだと、誰も信頼しない。
なるほど故に、仁義礼智+信なのだ。

そのため、「信」は、持って生まれた四徳とは区別され、守るべき徳として、行動規範標として位置づけられた。

孔子は「民、信なければ立たず」(人間は信がなければ生きていくことができない)と「信」の重要性を指摘している。

また、孟子は、人が守るべき「五倫」の道のなかに「朋友(ほうゆう)信あり」として「信」を守るべき徳のひとつとして掲げている。

オリジナルは、四徳だったが、前漢代になり、五行説にもとづいて董仲舒により「信」の徳目が付け加えられ、合わせて「仁義礼智信」の「五常」と称されるようになった。

つまり、五行論が儒教に影響を及ぼし、五徳になったようだ。

2. 武士道における儒教(朱子学)の影響

榊原先生の話は、ここから大きく飛躍していく。

まずは、時代を2000年近く飛ばして、江戸時代中期。

江戸時代中期の戦のない平和な時代になると、武士は軍人としての姿ではなく、庶民の手本となる姿を求められるようになった。
そこで、武士たちは、武道と並行して、朱子学を手習いとするようになり、そこから誕生したのが武士道だ。

つまり、武士道には、朱子学が大いに影響している。

武士道の美学
 安危を問わず  ⇒納得して行動するためには
 打算に走らず  ⇒道理と情理・・・・平和になる
 志に生きる   ⇒正しく考え・行動する


五徳の思想を念頭に置き行動することで、武士道を高めることが出来た。
いわゆる、道理(人の道の理)が通っても情理(人の情けの理)がなければ何も通じないので、実行ができない。(実行しても相手の心に届かない。)
道理と情理が備わることで、いざとなれば勇気をもって立ち向かい、主を敬い、忠誠を誓い、誠意をもって助言・進言することが出来るのだ。
そう、これこそ武士道!
このように、最後まで、己の尊厳(名誉)を貫く生き方を目標とすることこそが、武士道の理念なのである。

3. 和文化における儒教の影響

それでは、日本の文化そのものに、儒教はどのように影響してきたのだろうか。榊原教授の話は、今度はまた、ずっと1500年前に遡る。

約1500年前に、日本に伝わった当時、仏教や儒教は中国から渡来した異文化であった。これを日本に受け入るに際し、当時の人達は、相当内容について深く理解していて考察したのではないかと思う。

例えば、日本最古の歴史書である古事記の上つ巻には有名な出雲の国の「国譲り(印旛の白兎)」のお話があるが、そこに、『支配者の徳による統治」の考え方が出てくる。

大国主神の「お前がうしはける国は、わが子のしらす国だ」

「うしはける」というのは力でねじ伏せること、「しらす」とはすべての情報を公開して、人格的民心を統一するという意味である。
つまり、我が国は力でねじ伏せる国ではなく、すべての情報を公開して、民心を統一して治める国だと言っているのだ。

納得したうえでお互いが協力し合う国という意味であり、古事記の昔から日本は、民主的な統治を考えていたことが推測できる。

そんな日本人にとって支配者とは天皇のことであり、征夷大将軍や権力者のことではない。

聖徳太子の十七条憲法は、日本書紀に書かれた「通蒙憲法」がオリジナルであるが、その第十七条に「あつく三法を信奉しなさい」と書かれている。

ここに記されている三法とは、儒(儒教)、釈(仏教)、神(神道)のことであり、それらの中に、次の五つの教えに当てはめている。

儒の五典の精・・人の踏み行うべき五つの道、五倫⇒仁義礼智信
        五情⇒君臣、父子、夫婦、長幼、朋友
釈の五経の密・・小乗教、大乗教、大乗終教、頓教、円教
神の五鎮の眞・・(神)心、(神)神、(神)理、(神)気、(神)意

この三法(儒教・仏教・神道)の5つの教えを取り入れた我が国初の憲法こそが、十七条の憲法であり、これはすごいことなのだ。
その素晴らしさに畏敬し、そのような考えを土台としてきたニッポンの素晴らしさを改めて学び、誇りに持つべきなのだと思う。

4. 空想的虚構による革命「サピエンス全史」
(ユヴァル・ノア・ハラリ著)より

さて、最後に榊原教授の話は、最近のベストセラー書に飛んだ。
ホモ・サピエンス(人類)は何故、生き延び、発展してきたか?
サピエンス全史によると、3つの革命によって大きく人口を増やした。
それは、認知革命、農業革命、科学革命である。
認知革命とは、他の動物にはない画期的な革命であり、複雑な言葉を使って、空想的虚構を作り、信じることにより、共通の目的のために、努力するようになった。
空想的虚構とは、荒唐無稽な神話、宗教、法と律(道徳)、民主々義、共産主義、会社、企業、法人など、形がないもの、又は、例えあっても本来それだけでは利用価値のないものである。
故に、人間をコントロールする道具に使うことが必要になり、その中で人類が発明したものが、「法律」だった。

「法」とは、「考え方」
「律」は「禁止事項」を示す。

道徳とはそれらとは異なるものである。
どう異なるかというと、律では「〇〇してはいけない」という禁止事項として伝えるが、道徳は、「〇〇しましょうね」という推奨型である。

つまり、仁義礼智の四徳も、
「仁」とは、あわれみの心、
「あわれみを持たなければならない」というのではなく、
周りの人たちに対し、憐みの心を持ちましょうね。

「義」とは、恥ずかしいと思う心、
「自らを恥る気持ちを持ちましょうね。」
「礼」とは、敬い慎む心、
下の者に対しても、「敬い自らの心を慎む心を持ちましょうね。」
「智」とは、是非を判断する心。
「何が起きても冷静になって、是非を判断する心を持ちましょうね。」

つまり、どちらかというと日本的な優しい言葉が道徳なのだ。

だからこそ、自分を甘やかしてはいけない。

そして、それを口だけではなく、実行する人物こそ、信を得られる人物なのである。

初期の儒教は仁義礼智 なぜ信がなかったか問題、これにて一件落着!
分かりましたか?皆様。
たった10分間で盛沢山!

榊原教授ありがとうございました!
さすが量子力学の研究者だけあって、話の飛び方も素粒子なみでした!

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