エンジニア的ものづくりの成功イメージについて

 テクノロジーのオプション性について考える時にいつも思い出す、好きなエピソードがある。以前勤めていた会社の話だ。

 その会社はスキャナを作っていたのだが、あるとき客(確か警視庁)から『過去の事件のプレパラートが溜まってしょうがない。デジタル化して現物は捨ててしまいたい。』という相談が来た。

 会社は光学系の限界の24800dpiのスキャナを開発してプレパラートをまるっとデジタル化するプランを考え、装置の開発に着手した。

 暫くすると問題が発生した。1枚のプレパラートの中で見たいものによってピント位置が異なるのだ。そして顕微鏡のピントが合う位置が非常に狭いため、プレパラートの上の方の細胞Aとプレパラートの下の方の細胞Bでピンの位置が異なる。つまり1枚のプレパラートでも、見たいものや部位によって複数のピント位置の絵をセレクションしていることになる。

 結果、会社は1枚のプレパラートを複数回撮影するように仕様を変更した。その際、ピントをチェックするアルゴリズムも実装した。コントラストをチェックする簡単なもの(イメージしてもらうと分かると思うが、ボケると色が混ざるので近傍のピクセルとのコントラストは落ちる)が充分機能した。

 ここまで作って会社の人達はふと気づいた。『この複数枚の画像をうまく合成すれば全部にピントがあった画像が作れるんじゃないか?』と。どのピクセルが何枚めの画像でピントが合っているかが判るので、モザイク的にピントの合ったピクセルを組み合わせていけば全てにピントが合った画像が作れる。

そしてその後、装置は順調に開発が進み、納品された。
が、会社はすぐに次の装置の企画と開発に取り掛かった。
 
 というのも、「全部にピントが合った画像」を作る際に各ピクセルが何枚めの画像でピントが合っているかを書き込んだ画像が作られる。この画像はつまり「各ピクセルに深さが書き込まれている画像」だ。デプスマップとかデプス情報とかいうものだ。平たくいうとスキャナが物差しになることが分かったのだ。24800dpi、つまり0.00004mmごとに奥行きを測ることができる装置だ(実際は周辺コントラストを見てピントを判断するので0.00012mmくらいが精度限界だろう、がまあ細かい話だ)。

 会社はそんな高解像度の3D計測装置があったら買ってくれそうな業界を調査した。どうやらエンボス加工業界はこのニーズがありそうだ。車のシートや家の壁紙など、ビニールに革のような凹凸を作る金型は細かな凹凸の情報をデジタル化したがっていた。

 というのも従来、この手のエンボス加工はエッチングという化学薬品をつかってモノを腐食させる方法をとっていたのだが、法律で薬品の取り扱いが厳しくなり、工場の認可が降りづらくなってしまったのだ。そのため、みんなエッチングからレーザーでの加工にシフトを検討しているところだった。

 出力機器が先にデジタル化してしまい、まだ適当な入力機器がなかったのだ。会社はプレパラートスキャナをベースに改造を行い、それを3Dスキャナ、超高精度高さ計測装置として販売した。
 業界が狭かったため、数こそ吐けなかっただけだが、業界内利用率100%近くまで行った。

どうだったろうか。このエピソードがとても好きだ。この話は大体どんなエンジニアに話しても食いつく。規模はアレかもしれないが、まさしくエンジニア的、というかテクノロジー的成功エピソードだ。『作ったことで判るプロダクトや技術の捉え直し、リフレーミング』が非常に大きなオプション性をもたらす(今回でいうとスキャナが物差しに変わった)。それが予想もしなかった利益やマーケットをも見つけ出すのだ。

 逆に、作る前の企画やコンセプトメイキングでこのレベルのリフレーミングは可能だろうか?あるいは実現可能な範囲に落ちるだろうか?僕はかなり怪しいと思っている。だからプロトタイピング前のコンセプトのイテレーションよりもまず作ることが大事だと思うのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?