新規事業相談と反脆弱性について(3)
前回はタレブは著作『反脆弱性』にて理論から始まるトップダウン的なアプローチをあまり信用していないこと、ボトムアップの重要性を説いていること、そしてそれはプロトタイピングの重要性に他ならないことを書いた。今回はもう少し具体的な新規事業相談の中身と進め方の話をする。
我々に限らず、新規事業を相談してくる企業ではサービスデザイン的なアプローチ、人間中心設計的なアプローチが多い。実際に私もこの手の話で悩んでいる会社があればサービスデザイン的アプローチを提案する場合が多い。
サービスデザイン手法、および人間中心設計は非常に素晴らしい。特に素晴らしいのはデザイン的素養がなくとも『人間としてどう見るか/行動するか』に帰れば誰でもある程度デザイン的な発想ができる、という再発見だ。このため非デザイナが多い新規事業の初期段階でこのようなアプローチを頭に叩き込んで初手をスタートすることは非常にやりやすい。少なくともお金や市場規模、所属企業やスポンサーの市場分析から事業のタネを見つけるよりはずいぶん有益だ。
サービスデザイン的手法で見つけたスタートラインからプロトタイピングまくってオプション性を誘発させる、というのが個人的な理想の新規事業の進め方なのだが、どうも他の会社はそうじゃない場合が多そうだ。
サービスデザイン系の記事を見ると『コンセプトが重要。MVPを利用して再度練り直しを。』とか『ゴールデンサークルをもう一回書いてみよう』とか『リーンキャンパスを・・・』とか兎に角サービスデザイン的手法を使って抽象レベルの高い試行錯誤を何度も反復させる記事が目に付く。
正直に言ってしまうと私はぶっちゃけ、延々サービスデザイン的手法でコンセプトを練り直しまくるのはあまり意味がない。図で表すと下記のようになる。横軸が抽象度、縦軸が時間だ。本来はこのように時間経過、あるいは予算消化と共に抽象度が下がって具体性が上がり、プロトタイプも非常に具体的になっていく。そして最終的にはプロダクトとしてローンチできるレベルになる。
具体化していない、というだけでもサービスデザイン的手法だけのイテレーションは宜しくないのだが、それ以上に宜しくないのは実際に具体化していく中でもコンセプトや企画、果てはサービスの内容もフレキシブルにずれていくためだ。図にするとこんなイメージ。
一言で言うなら人間中心設計に基づくのは良いが、初期段階でコンセプトを過度に固めようとしすぎに感じる。これではウォーターフォールに近い開発構造になってしまいがちだ。そもそもデザインとは設計であり、設計は実装とペアだ。抽象度が高ければ高いほど、実装から遠ざかれば遠ざかるほど、設計は再利用性が低い。プロトタイプやMVPはその段階において最大限のボトムアップ的な知見(≒オプション性)を得るために行うもので、可能な限り早く次のステップに進み、より次の具体的なプロトタイピングを行うべきだ。
この状況があまり良くないのは過去の例からも明らかで、昔、大企業が広告会社やクリエイティブの会社に頼んでいたコンセプトムービー、コンセプトモデル、コンセプトカーがこれに相当する。抽象的な未来、抽象的なサービスを無理やり具体的な絵にしたところで文字通り『絵にかいた餅』にしかならない。実装やサービスローンチには進まない。そしてメーカ自身の差別化にもならない。具体的なレイヤに進めば進むほど細分化して(一般の人にも判るような)差異が出てくるものだ。『こんな社会になったらいいね』という大規模で人間の根本的な希望(人間中心的な)はどの企業でもどの会社でも、どの国でもそんなに変わるものではない。大差ないのだ。差がつくのはその実現方法で差が可視化されてからだ。この結果、この手のコンセプトほにゃらら系はあまり作られなくなってしまった。当然、コンセプト自体は悪くないものも多かっただろう。ただ実現にたどり着かないのだ。誰もそこにお金をつけなかった。
なので、延々と非デザイナが文字とポンチ絵だけでサービスをデザインしている限り、お金を消費してずっとそこに停滞しているだけだ。それならさっさと次のステップに行くか、あるいはさっさとやめて次のネタを掘りなおすかしたほうが良い。勿論初期段階のプロトタイピングでも若干ながらオプション性自体はあるのである程度はやったほうが良い。1,2度ぐらいは効果があるかもしれない。そもそもリーンキャンバスだってどの段階になっても書き直していく、更新が大事だろう。何故キャンバスだけ延々書くのか、これではそもそも実はイテレーションになっていない、とも言える。
もうひとつ、具体的なプロトタイプであればあるほどオプション性が発生しやすい。タレブは職人という言い方をしているが、これはエンジニアでもデザイナでも一緒だ。具体的なシチュエーション、具体的なスペックが出てきたところで出てくる特別な解決方法や手法が特許になり、あるいは違う分野に持って行って本当に新規事業の種になるのだ。
最後にもう一回だけ続く。
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