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「好きなものを大切にすること。」〜INGEBORGのファッションショーを見て〜
INGEBORG(インゲボルグ)のファッションショーを見た。26年ぶりのランウェイショーだという。
INGEBORGというのは、デザイナー金子功の妻、金子ユリの本名のドイツ名だ。PINKHOUSEを経て、ちょっと大人の服をつくってみたくなった、という金子功が生み出したブランドだ。
(https://ingeborg.jp/about/)
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丁寧な縫製、ブランド名の刻印されたボタン、
編みの技術など、細部にまでこだわりを感じさせる。
HPに掲げられた「好きなものを大切にすること。」という言葉は、私の胸を打った。
昨年、ブランドの40周年記念の展示会で見たランウェイショーの映像はおそらく1980年代のものだったのだろうか。時代が、物語が、その瞬間ランウェイから切り拓かれていくような高揚感があった。華やかな衣服が、空間を切り裂き、新しい世界を紡いでいく映像に、私は釘付けになった。
今回は、26年ぶりに、INGEBORGの服を纏ったモデルたちがランウェイを歩く。「Le Salon de INGEBORG vol.2」と題されたその催しに、胸が高鳴った。
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今回の催しのテーマカラーのピンク色の
かわいらしいこと!
代官山のヒルサイドテラスに到着する。ショーの会場がオープンする前に、会場の脇にある建物では、新作のお洋服が並び、それらを眺めながら、ウェルカムドリンクと、スイーツを楽しめる。
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お花が各地から届く。
白とグリーンのスタンド花はブランドイメージとも
合っている感じがして素敵。
受付で渡されるカメリアのブローチが、ファッションショーに入場するための特別なアイテム。参加者たちは胸にカメリアをつけて、ドリンクやスイーツを楽しんでいる。同じブランドを愛するファンたちが、全国各地から集まり、思い思いのおめかしを楽しんで、おしゃべりをしている。その空間には、生きることを楽しむことは、自分次第なんだ、と思わせてくれる根源的なエネルギーがある。
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ベリーの乗ったクッキーを選んだ。
胸にはピンクのカメリア。
時間になると、ショーを行う会場へと私たちは向かった。ランウェイの奥の壁に掲げられたブランド名の「INGEBORG」に志を感じる。脇には高い天井から吊るされたカーテンが会場と舞台袖を隔てる。モデルたちはここからランウェイと歩き出していく。
ショー開始の14時を迎えた。照明が落ちる。BGMが抑えられ、静寂を迎えたのち、音楽の音がだんだん大きくなる。
…はじまる!!!
息が止まるような緊張と高揚感が私を包む。この感覚を、かつて私は知っている。
かつて、自分が大学生の頃文化祭で、ファッションショーのデザイナーをやっていた日のことを思い出した。プロの場所と学生のやっていることが同じとは言い難いが、それでも多くの人たちがその一瞬のために準備を重ね、花開く前の、この時間と感覚のことを、私の身体は覚えていた。
その一着が生まれるまでの労力に比べれば、たった一瞬ともいえるランウェイの往復。神聖な儀式が始まる前の、張り詰めたような空気。
私はこれを感じたことがあり、もしかしたら、この感覚を、今でも私は求めているのかもしれない、と思った。ファッションショーの場って、そんなに体験できるものでもない。
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リー・モモカさんが先頭を歩く
照明が明るくなり、先頭を歩くモデルが空気を切り裂いていく。彼女の歩いたところから、物語が生まれていく。身体一つで観客の視線全てを受け止める、その真っ直ぐとした歩き姿が、焼きついている。
デザイン、素材選び、縫製、コーディネート、様々な人たちの力が込められた服をまとい、60秒ほどの時間に全てが込められる。
なんだか見ているうちに涙が込み上げてくる。
今、この瞬間から時間が生まれていくような不思議な感覚がある。「生きるってこういうことかもな」とぼんやり思ってしまった。
30分程度のショーが終わった後、気がつけば涙が溢れていた。私をショーに誘ってくれた友人と顔を見合わせると、彼女も涙ぐんでいた。言葉にし得ない、人の息遣いが、ランウェイには宿る。
ものをつくるということ、人々の頭の中にあるものが、現実で手に触れられる形になって、人を包むこと。ブランドが示すコンセプトや物語、誇りが、そのブランドを愛する人たちが、生きるための帆になってくれる。
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若草色のコートが、最前を飾る。
INGEBORGの大きな帆は、40周年を迎え、追い風をいっぱいに受けて、進んでいく。
金子功は現在はデザイナーとしての活動から一線を退いているが、彼が遺した「好きなものを大切にすること。」という精神は、帆を張るための大きな支柱となり、INGEBORGをもっともっと先へと進めていくのだと思う。
私たちは、心に、身体に、物語を纏う。どんなふうに生きていきたいかとか、どんなふうにありたいかとか、どんな人といたいかとか、そういう志のことだ。人は、心の有り様を想像し、形にして、纏うことができる。
INGEBORGのショーに宿る、自由さ、美しさ、華やかさは、人生において起こりうる悲しい出来事も、戻らない時間も、自分や人に対する偏見や思い込みすらも、その精神と、想像力、誇り、それを形にする力、纏う人たち、ステージを作り上げる人々によって、切り拓く祝祭であった。
私たちは、美しものを纏い、大切にされるべき存在で、今日という1日を愛しんで生きることができる。
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譲り受けた昔のINGEBORGの
真っ白なレースのワンピース。
本物は、時間を経て、より輝きを増し、
継承されていくと思う。
そんな、あたりまえのようでいて、忘れてしまいそうになることを、思い出させてくれる、ファッションショーという特別な時間と空間が、私の記憶の中にひとつ、加わった。
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