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「三方よし」の『売り手』は都合よく解釈できてしまう、という話

近江商人の言として有名な「三方よし」


『売り手よし、買い手よし、世間によし』という言葉はビジネスにかかわる方なら結構な確率で知っているのではないかと思います。

実際は後世の人が近江商人の理念をこの言葉にしたとのことですが、売買の当事者だけでなく世間にとっても良いものとなる商いが良い、という意味で解釈されることが多いと思います。

今風に言うと「ミッションを帯びた事業運営」といったところでしょうか。

しかし、この言葉は至言である一方で、解釈の仕方によってはひどい言葉へと変貌してしまう可能性があります。なぜでしょうか?

「三方よし」の『売り手』は誰を指すのか

一見するとこの三角形で商売が完結しているように見えますが、実際はそうではありません。

売り手の中には必ず「作り手」が存在しているのです。

売り手は、物がなければ売れません。ピンでやっているコンサルタントなどになると売り手と作り手が同一ですが、多くの企業においては「売り手」と「作り手」が別個です。

また、小売業の場合、後ろに控えているのは卸業者かもしれません。

別に社員でなくとも、外注している場合も同じと考えることができるでしょう。

ポイントは、『売り手』の中に作っている社員・外注・業者が入っているかという点です。ここを間違えると、「三方よし」は全然よくない言葉に変貌してしまいます。

「三方よし」の「売り手」が経営者のみの場合

商売が成立して、まず一番に利益を得るのは経営者です。

経営者、買い手、世間の三方を良しとするには何が手っ取り早いでしょうか。

経費削減、人員削減です。製造コストが下がれば買い手に安価で売ることができます。世間も商品を利用しやすくなって万々歳ですね。

社員だけは不幸ですが。

「三方よし」の「売り手」が営業の場合

このパターンは非常によく目にします。製造業やIT関連企業などで、営業部と制作部・製造部が争うのは日常レベルで繰り広げられる光景です。

営業はノルマ(もしくは目標)が課せられているため、売り上げを上げるのに必死です。内心「これはちょっと無理してもらわないときついなぁ」と思っていても、数字の誘惑に勝てず、引き受けてきてしまいます。

もしくは、一度ムチャぶりで何とかなると、味を占めてそれが当たり前のように営業をかけるので、負担が減ることはないでしょう。

でも営業と買い手は満足です。「あそこはキツイ案件も二つ返事でやってくれる」となれば競争も加速し、世間も満足できるでしょう。

作り手は不幸ですが。

「三方よし」の「売り手」が自社のみの場合

自社の経営者も、営業も、作り手になる社員も、みな幸せになる方法があります。

下請けや外注に安価でやらせればよいのです。

仕事が少なくて困っている会社が、資金を回すために原価すれすれ、もしくは原価割れで仕事をすることは、意外とありうる出来事です。

また、経験値の少ない外注に「経験を積む」という建前のもと、異常な安価で発注するケースは、クラウドソーシングサイトを見れば川辺の石のごとく無数に存在します。

自社はすごくホワイトでハッピーです。ボーナスも出るかもしれません。ワークライフバランスもさぞ整っているでしょう。

社外の協力者の犠牲の上で、ですけど。

最も理想的な「三方よし」

見出しだけで想像がつくと思います。

買い手と世間はもちろん、売り手と、それに関わる全ての人に利益がいきわたる状況が最も理想的な「三方よし」ですよね。

ただし、これを実現するためには大きな問題があります。

理想の「三方よし」の前に横たわる問題

関わる全ての人が幸せになるためには、唯一にして最大の問題があります。

売り手が、本来手に入っていたであろう利益を手放せるか、ということです。

社員に払うボーナスを1万円上げれば、社員数×1万円分、会社の利益は減少します。

下請けに値引きを要請しなければ、社員に還元する金額が減少するかもしれません。

「この仕事、快諾してくれるならもう一押し値下げを要求すればよかった」というような思考になったことはありませんか?

自分は下請けに十分な額を出そうとしたのに、経理にうるさく言われて仕方なく値引きを要請したことはありませんか?

「今までみんな文句言わなかったし、22時まで働くときが多くても問題ないかな、俺の時は午前様が当たり前だったし。」と思ったことはないですか?

私は、今までに経理や営業、制作や(部分的に)製造を経験しています。また、財務担当として、銀行との交渉の窓口になっていたこともあります。

だからこそ感じるのですが、「自分の利益を最大化したい」、「自社の利益を最大化したい」、という欲求が出てくるのは、ある種の本能に近いようなものではないかと感じます。

反射的に出てくる眼前の欲望を抑え、最終的な利益に結び付くような行動をとる。これは本当に簡単ではありません。

「三方よし」を掲げるには覚悟がいる

以上のことを踏まえると、「三方よし」を掲げるのは非常に覚悟のいることなのではないでしょうか。

しかし、「三方よし」を掲げながらも、都合よく解釈して達成している気持ちになっているのではないか、と思われる人もいます。

私の現在のクライアントも三方よしを掲げていますが、折に触れて「あんたも生活があるやろうから変に値引かなくていいからな」と言っていただけます。

もっとも、会社経営は規模が大きくなるほど指数関数的に難易度が跳ね上がるので、そんな感じには易々と行かないでしょう。

ただ、社員に、作り手に、下請けに、外注に、いい関係を築けるような会社は間違いなく「世間によし」といえるでしょう。

自戒の意味を込めてですが、「三方よし」を覚悟を持って言うことのできる人になれるよう精進していきます。

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