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自動車制御開発における変化点と「仲間づくり」 未来を担うエンジニアに向けたメッセージ(前編)

電動化や自動運転、MaaS(Mobility as a Service)など、自動車業界は今「100年に一度の変革期」と言われています。これまでのクルマ作りを一変するような大きな動きですが、このような大きな変化は実は過去にもありました。それが、車へのマイコン(マイクロコンピュータ)の導入です。

その時代、クルマ作りにいったいどのような変化があったのでしょうか。自動車制御開発に長く携わってきた二人の専門家に、自動車開発の中でどのような変化を経験され、また、その困難をどのようにして乗り越えてきたのか、今の時代にも通じるその経験談を交え、若者に向けたメッセージと共に語っていただきました。

谷川 浩 氏(一般財団法人 日本自動車研究所 新モビリティ研究部 部長)
酒井 和憲 (株式会社東陽テクニカ 顧問)

【インタビュアー】
草村 航 (株式会社東陽テクニカ 機械制御計測部 部長)


JARIの自動運転に関する取り組み

さまざまなジャンルの専門家を集め、一つのチームとしてまとめる苦労とは

酒井:谷川さんお久しぶりですね。トヨタ時代に一緒に仕事をしたのは25年くらい前でしたか。今、谷川さんはJARI(一般財団法人 日本自動車研究所)にいると聞きましたが、どのようなことに取り組んでいるのですか?

谷川:今やっているのは自動運転関連の仕事ですね。トヨタからJARIに移ってすぐにアベノミクスの主要テーマの一つとして自動運転が取り上げられ、強いフォローの風が吹いて本格的に自動運転に取り組むこととなりました。
国が自動運転に取り組む一番の目的は交通事故、死傷者の削減です。交通事故死傷者は徐々に減っていますが、受動的安全技術(事故が起きた時に乗員の負傷を軽減する対策)には限界があり、その先はドライバーが変わっていかない限り死傷者数は減らせないと考えているのですね。そこで高度に発達した通信や電子制御などの技術を駆使して、人間の認知、判断、操作に頼らない自動運転を実現し、交通事故を減らすというのが取り組み課題です。

インタビュアー:自動運転の実用化に関して、谷川さんは具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。

谷川:まず事故を減らすためのストーリーを考え、次に必要な手段を考えるということをやっています。手段には「実行しやすいけれど効果が少なそうなもの」、「効果は大きそうだけど難しいこと」さらに「民間が主体でできるもの」、「国が主体にならないとできないこと」があります。
また、「日本だけでできるもの」と「国際協調が必要なもの」もあって、これらが複雑に絡み合っているのです。
今、国が主導している取り組みにSIP(戦略的イノベーション創造プログラム:科学技術イノベーション実現のための国家プロジェクト)というものがあります。これは内閣府が舵を取り、省庁の枠を超え基礎研究から実用化、事業化まで一気通貫で研究開発を推進していこうというもの。その中に自動運転があります。

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JARIの主な役割は、自動運転の実用化に関する安全性評価ですが、これまでには先端的な要素技術研究や、研究に必要なデータ収集なども手掛けてきました。また、自動運転が普及したらどれくらい交通事故死傷者を減らせる効果があるのか、シミュレーション技術の開発なども実施しています。
そのために、自動運転にかかわる企業や大学、研究機関に幅広く協力をお願いしてさまざまな分野のエキスパートを集めて研究室を構成し、多くの研究課題に取り組んでもらいました。
私は彼らが一つのチームとなって取り組むための調整役のような立場ですね。

酒井:それって自動車各社が参加しているAICE(自動車用内燃機関技術研究組合)のようなものですか?

谷川:そうですね。自動運転の研究テーマには調査研究・要素技術研究・応用研究から実証実験など、いろいろありますが、その多くは複数の技術や専門知識を必要とします。そこで、研究テーマごとに必要な技術や専門知識を持つ自動車業界や研究機関、自動車業界ではない方などに参加(JARIと共同研究契約)していただいて、JARIの中にバーチャルな研究室を作って合同で研究課題に取り組んでいます。
自動運転は手段ですが、事故削減や人件費削減など目的と複雑に絡み合っていて、さまざまな業界、業界の慣習や仕組み、法律などを広くまたいだ分野です。そのため、幅広い分野でたくさんの方々に協力していただく必要がありますが、それぞれの道で専門家の方々はプライド高く個性も豊かで、一つのチームとしてまとめるというのは、なかなか至難の技です。
実は、トヨタ時代にも電子制御関連の標準化のために、社内、社外の人員をまとめるという経験をしてきたので、まあこういったことは慣れたものです(笑)。
とにかく、大事なのはまじめに考えすぎない(高い視点広い視野で俯瞰的に目標や課題を捉える、柔軟に発想し行動する)こと。いろいろ衝突もありますから、それをまとめるには「鈍感力」が必要だというのは間違いないですね。

酒井:なるほど、それは大変な仕事ですね。
私も若いころABS(アンチロック・ブレーキ・システム)の開発で、当時の運輸省の人たちと、新しい技術の審査方法に関してさまざまな折衝をするなんていうこともやっていました。
また、安全等級というものを作る際には、ライバルである日産やホンダといった他社と相談して、チームとなり物事を決定するというようなことをやりました。その時も大変な思いをしましたが、数段難しいことに取り組んでいるのですね。

谷川:そうですね、抽象化してしまうと過去に酒井さんがやっていたのと同じようなことをやっているのかもしれません。

酒井:専門家やさまざまな分野の人材を集め、それをいかにまとめるかというときの悩みは似てくるのだな、という感じがします。

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