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「より安全な車のために」 ―Euro NCAPの取り組みとバーチャル試験の動き

2023年6月時点の内容です


はじめに

自動運転(AD)や先進運転支援システム(ADAS)に関する技術開発が進み、世界各地で自動車の安全性能に関する規制や法律が定められています。自動車メーカーにとっても消費者にとってもAD/ADAS機能は重要なものになりつつあります。欧州で実施されているEuro NCAPの試験も、車両の機能を評価する一つの重要な指標となっています。

そこで、Euro NCAPの認定試験所であり、試験の具体的な内容の決定にもかかわる、イタリアCSI S.p.A(IMQグループ会社)の自動車ビジネスユニットでセールスディレクターを務めるAndrea Tesio氏に、近年、自動車の開発試験にも多く取り入れられているバーチャルでの試験がEuro NCAPにどのように導入されていくか、お聞きしました。

【インタビュアー】
浅原亮平
(株式会社東陽テクニカ 機械計測部 係長)

Euro NCAPの認定試験所 CSI社について

本日はご来社くださり、どうもありがとうございます。まずはCSI社の事業について教えてください。

CSI社は、材料、製品、管理システム、事業コンプライアンスなどの領域で、幅広い試験・認証サービスを提供しています。さまざまな研究機関との応用研究を経験したエンジニア、物理学者、微生物学者などを含む約400名のスタッフが集まる、欧州の技術ハブとして知られています。1995年の設立当初は化学分野で事業を行っていましたが、その後自動車分野で、試験所や認証機関としての事業を拡大してきました。

イタリア自動車クラブ(ACI)(※1)と戦略的パートナーシップの関係にあり、Euro NCAPの理事会メンバー、および試験所として活動しています。CSI社の試験所では、Euro NCAPの認定のもと、Euro NCAPの車両安全性能評価の格付けに必要な試験をすべて実施できます。

(※1) Automobile Club d'Italia(ACI)は、イタリアの非営利公共団体。イタリアの自動車ユーザーをサポートし、車社会の発展を促進する。

TesioさんのCSI社での役割を教えてください。

私は現在、CSI社の自動車ビジネスユニットのセールスディレクターを務めています。これまで、CSI社の車両検証部門の責任者として、さまざまな試験に携わる約100名を統括してきました。また、FIATグループ、マセラティ、フェラーリなどのエンジニアリングや試験のサポートを、プログラムマネージャーとして担ってきました。

CSI社(CSI社提供)

欧州の自動車の安全性能を評価するEuro NCAPのミッション

Euro NCAPについて教えてください。

European New Car Assessment Program、通称Euro NCAP(ユーロエヌキャップ)は、欧州の自主的な自動車安全性能評価プログラムです。1996年に設立され、本部はベルギーのルーベンにあります。欧州各国の政府や自動車工業会など16のメンバー、CSI社を含む11の試験機関が加盟しています。1997年に最初の評価結果を公開しました。

Euro NCAPは、どのような目的で活動していますか。

Euro NCAPのスローガン“For Safer Cars”(より安全な車のために)が示す通り、私たちのミッションは、欧州の消費者に対し、乗用車の安全性能に関する、信頼性の高い、タイムリーな情報を提供することです。販売されている新車の安全性能を評価し、その結果をEuro NCAPのWebページで一般公開しています。消費者が新車を購入するときに、安全性の高い車を選ぶ一助となることを期待しています。
https://www.euroncap.com/en/ratings-rewards/latest-safety-ratings/

主に以下の4分野で評価し、総合的な安全性を5つ星で表しています。

・成人乗員の安全性
・子ども乗員の安全性
・歩行者や自転車などの交通弱者の保護
・運転支援技術や衝突回避技術などのセーフティアシスト

Euro NCAPの試験は、車の安全性能を向上させるという点で、自動車メーカーの新車設計にも大きな影響を与えるようになってきています。またEuro NCAPは、Green NCAPという「環境性能」の評価プログラムも運営しており、将来的にはEuro NCAPの一部に組み込んで評価する予定です。

AEB-CPNA(自動緊急ブレーキ:右側からの歩行者横断)シナリオの試験の様子(CSI社提供)

対象車を選ぶ方法、欧州市場の状況を表すための仕組み

Euro NCAPの評価は、欧州の新車設計の基準とは異なるのですか。

自動車メーカーが製品を市場に投入するには、販売する国が定めた基準に適合していなければなりません。これを証明するための一連のプロセスが“Homologation”(認証)です。初期評価から、試験の実施、当局に提出する資料の作成まで、製品を販売する前に必要なすべてのプロセスのことです。

一方、Euro NCAPの評価は、認証を取得した後の車の性能評価です。これを“Validation”(検証)と呼びます。EUの法律・規制の最低要件をクリアし、すでに市場に出回っている車が対象です。

つまり、欧州の基準に適合する認証とEuro NCAPの性能評価は、全くの別物です。Euro NCAPは安全性能の指標となる幅広い試験を行い、点数付けを行っているのです。ある車が5つ星を獲得していたら、それは安全性能の面で最高クラスであることを意味しています。

評価対象となる車種はどのように選定するのですか。

Euro NCAPの各メンバーは、毎年少なくとも1車種を選び、評価をして結果を公表することになっています。これによって、欧州の消費者に対してこのプログラムを提供し続けることができますし、自動車メーカーに対しては、新製品を市場に投入するときに、評価を受けたいと思わせる動機付けになります。車種選定の基準には、主に次のようなものがあります。

・欧州市場の特定の市場セグメントで販売されている乗用車の台数
・自動車の安全性能を高めるために必要な新技術を搭載していること

Euro NCAPのメンバーは、どのメーカーの車種を選んでも良いのですか。

はい。各メンバーは、独自の視点で車種を選びます。自国メーカーでも構いません。また、自動車メーカーが自社の車を評価対象として申告し、評価を受けることも可能です。どちらの場合も試験のプロセスは同じです。ただし、安全装置が標準装備されているモデルが評価対象となります。

評価対象の車両はどのように調達するのですか。

評価には、最大で4台の車両が必要です。Euro NCAPは匿名で、一般消費者と同様に販売店から車を購入します。もし、安全装備の変更など、製造上の変更があった場合は、メーカーに対して、その部分を車に装着するように依頼することもあります。これにより、評価結果で、現在生産されている車の状況を正確に表すことができるのです。

ELK oncoming(緊急車線保持:対向車)シナリオの試験の様子。自車両(黒)が車線変更する際に、ADASが対向車を認識し、衝突回避のために強制的に走行車線を維持するもの(CSI社提供)

Euro NCAPにもバーチャル試験を導入する動き

ここからは、Euro NCAPの今後についてお伺いします。現在は、基本的に実車を用いて試験が行われていますが、今後はEuro NCAPでもバーチャルで試験を行う動きがあるのでしょうか。

はい。車の認証プロセスと同様に、Euro NCAPもバーチャルでの評価を考えていきます。車両性能の数値シミュレーションをすることによって、信頼できる情報を得ることができるようになってきていますから。実際、バーチャルでの評価は、試験にかかる工数やコストの削減ができることに加え、現在の技術では実現できないことも再現できるため、車両性能を向上させることに大きく貢献します。

Euro NCAPの長期計画「Vision 2030」でも掲げていることですが、将来、Euro NCAPのプロトコルは、新しいシナリオを組み込んで更新される予定です。試験シナリオがより現実の世界に近づくと期待されます。ただし、実現しようとすると、試験自体が複雑になり、プロセス全体としてより高度な技術が必要とされ、コストも高くなります。

これに対応するための新たなアプローチとして、私たちは、バーチャルと実車の試験を組み合わせようとしています。例えば、衝突安全の試験では、性別や年齢、体格の違いによる怪我の状況などを検証しますが、バーチャルで試験をすれば、条件を変えて何度も衝突試験を繰り返す必要はありません。バーチャルと実車の試験をバランスよく組み込むことができれば、試験全体のコストや労力も減らすことができます。これまでの試験・評価から大きく変わると思われます。

バーチャルでの評価が必要とされる理由を教えてください。

続きは「東陽テクニカルマガジン」WEBサイトでお楽しみください。