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長所を伸ばす?短所を補う?

前回は本当にやりたい事を感じるについてお話しました。
今回は長所を伸ばす?短所を補う?について。

今はどちらでも無く、
自分の感覚感性を育むことと、多くの存在と共に生きることが大切だと感じています。

本当は全部が違うし、全部が同じ

長所・短所と捉えるには、ルールと基準が必要です。そのルールーと基準の中でのみ、区別をつけることができます。
でもフィールドが変われば、長所は短所に、短所は長所へと変わりますし、本当は要素に分けることもできないものを、一時的に状態・情報として切り取っただけですよね。

マラソン vs ハンマー投げ vs 800m走

例えば、長距離選手には、ある程度の軽さと持続的なパワーが長所とされ、1発の瞬間的なパワーの優先順位は高くありません。しかし、投てき種目では全てが真逆となり得ます。では間の中距離選手が両者よりも優れているかというと、そういうものでもありません。

一時的であれば、あるフィールドに沿った高め方も面白いかも知れませんし、何かの型にはめてみるからこそ、自分の形が見えることはよくあります。でも大切なことは「自分の現在地を知る」という足場を忘れないことです。


どこにいても何をしてても

何かを生涯続けてもいいし、違うと思ったら次を見つけても良いと思います。環境もツールも、自分の中の感覚や大切な価値観を知り、それらを深めるものです。危険なのは、それよりも所属している先の目的目標達成のために、選択し行動することです。

自分と組織の目的の先が、偶然一致する時もあるでしょうが、全てが常に一致することなんてあり得ないからです。所属先の目的のために選択をし始めると、自分の違和感を無視し、求められる型に対する歪さを正そうとします。


自分だから見える世界がある

この世界は自分の認識によって創られています。例えば、今の世界地図を見たことがなければ、自分の国の形すら思い描くことはないと思います。

私とあなたの違いは、生き方そのもの、選択の違いです。その違いはどこからきているかというと、感じているものの違いから起きています。

身長、目の位置、鼻・耳の形、味覚の特徴、肌の厚み。。。全てに於いて同じものは1つとしてありません。どれだけ同じ空間を共有していたとしても、立ち位置、見えるもの、聞こえるものはまるで違います。


違って当然

目的無くみんなと同じ選択を繰り返すほどに、自分の感覚器、感性、身体は衰えるでしょう。自分自身とのフィードバックが得られないからです。

何かのトレーニングが重要なのではなく、何を通してでも、自分の感覚感性、そこからの選択への確信を育むことだと感じます。

そして、その自分同士が共に生きることで豊かさが生まれます。


私には、見えるものと見えないものがある

私であることの尊さと同時に、私だけでは絶対に足りない事実があります。どれだけ多くの存在と共に生きられるか。深く広大な豊かさは、自分との繋がりと、他者との繋がりの両方から創られます。自分と深く関わった経験で、他者を思いやることができ、他者との関わりで新たな自分に出会うことができます。

この世界はあなたであることに意味があって、あなただけでは成立しない。
面白いですよね。

次回は施術は特別なことじゃないについて。

豊田玲子(遊びたい、身体大好き)
理学療法士 パーソナルトレーナー
2012 IFBB World Chanpionship Body Fitness 日本代表

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