アジアでも競り負ける幹部社員の給与。さてどうする?

入社当初の給料は他より高いけど、課長職ぐらいになると追いつかれて、部長以上になると、他の方が全然高い。日本企業のこうした構造は、海外の現地法人においては、ずいぶん前から顕著でした。東アジアにおいても、アセアン諸国においても。だから、いい人が育ってくると、欧米系の現地法人に引き抜かれる。現地企業にも競り負ける、という状況も、いくつもの国で生まれていました。

こうした状況が、各国内のローカル市場においてだけではなく、グローバルな市場においても生まれている、それも、シンガポールや上海だけでなく、ベトナムとの比較においても。時間の問題ではあったわけですが、そのスピードはすさまじいものがあります。

給与額の伸び、という面では、日本も、50年ほど前に、同じような状況を世界に生み出していました。いや、今のアジア諸国よりも凄まじかった。1960年代の経済成長率は、年平均17パーセント、オイルショックのあった1970年代でも、13パーセント。プラザ合意などで円安が大きく是正された80年代も、6パーセント伸びていた。個人所得も、それと連動して、劇的に向上しました。

でも、それ以降は、ピタッと成長が止まってしまった。給与の伸びも。四半世紀にもわたって。バブル期の日銀の政策が間違っていたとか、日本のメーカーの戦略が迷走したからとか、成果主義が失敗したから、とか、いろんなことを言う人がいますが、そんなこと以上に、市場が成熟してしまったことが急ブレーキの最大の原因です。だから、所得水準が追い付かれること自体は、致し方ないことでもあります。

ですが、所得水準がすでに追い付かれたのではないのですね。所得水準は、まだ日本の方が上です。しかし、賃金カーブの傾斜角が他国と比べて緩やかなために、このような状況が生まれているわけです。

グローバルマーケットで戦っている企業ならば、この状況は看過できません。何らかの手を打たねば、人材獲得競争に劣後することは必至です。しかし、そうした企業の多くは、すでに手を打ちはじめています。役員報酬等を欧米並みに高く設定する、というところも出始めています。でも、そんな会社は、さほど多くはありません。

日本の企業の8割がたを占めるといわれるローカル企業の賃金カープは、このカープよりさらに傾斜角が緩いものになっています。そのローカル企業は、この状況に対して、何か手を打つべきなのでしょうか? 手を打たないと、やがて幹部社員は国外へと流出してしまうでしょうか? 

一部にはそういうことも生じるかもしれません。可能性は否定できません。ですが、大きな影響を及ぼすことはまずないでしょう。また、給与カープの傾斜角を大きくする、ということが、企業の成長につながるとも思えません。そもそも、人材獲得に支障をきたしてしまいます。市場の拡大が期待できない日本国内ローカル市場において、傾斜角を高めるとは、現場で働く人たちの給与額を下げる、ということ。これだけ人手不足に悩んでいる状況の中で、そんなうち手があり得るはずもありません。

それに、給与カープの傾斜角を下げることで、日本は高度成長を成し遂げたのです。欧米に追い付こうと、日本国の限られた資源を最大限に有効活用しようとした時に、現場の人たちの活力を最大限に引き出すことが、その成長を最も高めることにつながったことは、歴史が証明しているところです。

日本企業の給与カーブも、かつては傾斜角がもっと激しいものでした。しかし、戦後に起きた職員(ホワイトカラー)と工員(ブルーカラー)の身分差撤廃活動によって、それまで欧米企業同様に厳然と存在していたホワイトカラーとブルーカラーの身分差=雇用システムの断層が撤廃され、ホワイトカラー、ブルーカラーともに同じ雇用システムの上で働くようになったことが、日本の高度成長を支える大きな要因になりました。終身雇用、年功序列、企業内組合という三種の神器という定義、職能資格制度に代表される能力主義型人事雇用システムなどなど。GHQから推奨された職務給の導入についても、幾度かの議論の機会のたびに、見送っています。その原点にあったのは、「身分差」を解消することで、みながその企業の経営に等しくコミットするという思想信条です。

日本的雇用システムは、社会の変化に対応できず、さまざまなところで破綻をきたしています。高度成長とは全く異なる社会環境に適した次世代の雇用システムが必要なことは、論を待ちません。しかし、その時には、何を思想信条として大切にするのか、を忘れてはならないと思います。バブル崩壊以降の失われた20年は、成果主義ブームがもたらしたもの、と、人事システムばかりに非難が集中しましたが、それは表層にすぎません。当時の多くの経営者は、それまで日本企業が大切にしてきた精神を忘れ、人材をモノのように取り扱い、他の費用項目同様に人件費を以下に下げるか、ということばかりに腐心したのです。

もちろん、ローカル企業にとっても、雇用システム、人事システムの刷新は求められるところだと思います。かつての旧弊な雇用システム、人事システムに縛られていては、企業の活力を下げるばかりでしょう。しかし、グローバルスタンダードが、ローカルマーケットにふさわしいわけでは決してありません。どのような方向への変革が望まれるのか、そうしたシステムのど真ん中に位置する「給与」というものの持つ意味や価値について、青臭い議論をもう一度する時が来ていると思います。

https://www.nikkei.com/article/DGXKASDZ04H4N_V10C17A8MM8000/?n_cid=NMAIL003

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