改行だらけのゾンビ発見器

  インターネットばかりやっている人間は、金魚よりも集中力が続かなくなっているという研究報告があった。あったような気がする。ひとまずあったと仮定して話を進める。嘘かもしれないが、そういわれるとたしかにそうかもしれないとあなたが感じるなら、あながち真実から遠いわけでもないだろう。

 複数の作業を並行して進めることが容易になった。たとえばこうして文章を書いている最中にフッと窓の外が翳ったら、夕立ちが来るのではないかと天気予報アプリを開くまでの所要時間2.7秒。テキストに戻った次の瞬間、「翳る/陰る」どちらが正しいのか気になって検索すること18.3秒。そうだ荒井由実の「翳りゆく部屋」が好きだったなとYou Tubeで椎名林檎バージョンを見つけてしまい13.6分。

 意識の流れがぽんぽぽーんと跳び跳ねまわる。もはや温かい血の流れていない断片的な意識だ。これを欧米ではゾンビ的な意識(zomsiousness)と表現するらしい。ゾンビの特徴はいくらでも列挙できるが、ここでは人類との最大の相違点だけを紹介しておく。

『ゾンビは、改行されていない長文を理解できない』

①この一行に含まれる3つの要素を、順を追って解説していこう。まずは「改行」について。すでにお気づきかもしれないが、本稿はここまで約150〜200文字を一段落として、そのつど改行を繰り返している。こうしておけば意識の途切れがちなゾンビでも、人類と同じように文章の内容を理解できるようだ(なお、改行さえなされていれば、狂った文脈であってもゾンビが理解し得る可能性も指摘されている)。

②「長文」とは、およそ200〜400文字以上で構成された文章を指す。数値が厳密でないのは、個体による若干の誤差が想定されているからだ。ひとつの例として、「原稿用紙1枚分(最大400文字)の「長文」が読解できないのはゾンビである」といった基準を設けることは、“やや強引かつ大雑把ではあるが”、簡易的な分別方法として有用だと考えられている。 

(ここでひとつの疑義を提示しておきたい。この数値のグレーゾーンに含まれる存在、つまり「200〜400文字を理解する個体」をピックアップしたとき、それはゾンビだろうか人間だろうか? 199文字で集中の切れてしまう人類と、399文字を読みこなす秀才ゾンビが存在する可能性は、少なくともこの研究報告からは排除されていない。)

③「理解」が最後のファクターである。「理解」とは、いかなる行為・状態を指すのか? “その文章の意味するところを普遍的なレベルで把握・学習・解釈・納得すること”だと定義することに異論がなければ、ゾンビの文章理解力は小学1年生より高度だと言えるかもしれない。200文字の文章を「理解」できない小学一年生は大勢いるのだから。ゆえに小学一年生以下の人間の大半はゾンビである……と演繹する阿呆はいないだろうが、ここで「理解」を証明する困難さが道を塞ぐ。「わかりましたか?」と先生が聞き、子どもたちが揃って「はぁい」と答えるとき、その声のなかに数人の無理解が混じっていることを、あなたは経験的に知っているはずだ。したがってその個体(ゾンビか、人類であるかはさておき)が真に「理解」しているかどうかの証明は、おもにコミュニケーションのなかで行なわれる。重要な試験ほどペーパーテストだけで完結せず、最終段階で面接が設定されるのはそのためだ。人事部長は多角的なコミュニケーションを用いてゾンビを人類から見分けようとしているのだ。具体例を挙げよう。「林檎」という単語が意味する果実を複数の画像のなかから選び取ることはゾンビにも可能だが、「林檎」が意味する人物を複数の画像から選ぶことは、学習を経ても困難だったという実験結果が出ている。ゾンビは複雑なファクターを関連づけることが苦手らしい。神経衰弱はこなせてもポーカーの駆け引きには向かないタイプ。52枚のカードを記憶するまではいいが、そこから生じる259万8960通りのバリエーションをまのあたりにすると思考停止に陥るのだろう。いにしえのことわざに曰く「頭を撃て、さもなくばカードを切れ」。

 とまぁ、長考を経てもなかなか答えにはたどり着けそうにない。むしろ問いがなんであったのか? 出発点からしてあやふやだったとあなたは感じているのではないか。当然である。問いを提出するのはここからだ。

「いまこれを読んでいるあなたはゾンビか、人類なのか」

 この問いに対する答えを、簡易的に提示しようというのが本稿の目的であり試みだった。上の段落①〜③をカウントしてみよう。①は189文字。②は169+159文字。いずれもゾンビが「理解」できる範囲の文字数である。そして「理解」について述べた③、710文字。ここが本稿の踏み絵だった。

 ③にたどり着いたうえ、最後まで読み飛ばさなかったのであれば、あなたはゾンビではない……可能性が高い。エクスキューズを挟まざるを得ないのは、③を読むだけでなく完全に「理解」した時点で、ようやく、あなたが人類であることが証明されるからだ。無論、その前提として「理解した」ことをあなた自身が証明する必要があるわけだが(なお、ゾンビはみずからがゾンビであることを認識できないという検証実験が報告されている)。

#キナリ杯


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