【小説】神になりたい

Zeusへ

僕は、昔から色々なことを考えながら育ってきた。幼稚園児の頃、朝のクラスで同級生の黒人に虐められない方法を考えた。小学生の頃、日当たりの良い廊下で人間の生きる意味を考えた。中学生の頃、冬のアスファルトで自分がどんなに愚かだったかを考えた。高校生になり、このつまらない世界で自分がどう抵抗できるかを考えた。大学生になり、だだっ広いキャンパスで自分が何者なのかを考えた。

高校生の頃から薄々勘づいていた。世の中に住んでいる人のほとんどは、僕よりもはるかに馬鹿でどうしようもない人々だ。感情的。見栄っ張り。臆病。精神的に自立していない。無自覚に真理を遠ざけ他人を踏みつける者ばかり。それが悪いことだと考えていた時期もあったが、今はそう考えるのをやめた。何故ならそれは人間としての資質であり、権利であり、僕とて少なからず感情的で見栄っ張りで臆病で神経衰弱だからだ。でも、それに気づけたのは最近の話だし、気づけば気づくほど僕はこの世界で生きるのが辛くなった。世界を覆う優しさのメッキが少しずつ剥がれていったからだ。耳が良くなればなるほど、微かな空気の振動さえ耐え難い意味を持って頭蓋に突き刺さるようになったからだ。

汝鈍感であれ。汝鈍感であれ。ごめんね神様ダメでした。私は敏感になりました。世の全てを知ろうとしました。出来るだけ全部助けようとしました。世界を見渡そうとしました。それが救いだと信じました。水槽の広さを見誤りました。自分の能力を過信しました。だから盲信を棄却しました。拍動を拒否しました。やがて狂気を所望しました。蒙昧を必要としました。汝鈍感であれ。汝鈍感であれ。────うるさい! 今更それを言って何としよう。僕は出来るだけ全部助けようとしたんだ。出来るだけ全部見ようとしたんだ。出来るだけ全部感じようとした……。──本当か? 本当に助けようとしたのか? 本当に見ようとした? 本当に感じようとした? 本当は助けられようとしたんだ。見られ感ぜられようとしたのだろう。それで何が悪いの? 世界にそれを求めて何が悪いの? よく分からないよ。分からないけど、でも悪くないことは良いことの証明にはならない。分かるかい? 君は結局、答えを決めて欲しかったんだ。真理を押し付けてくれる誰かを待っていたんだね。

ついに僕が何かを必要とせねばならないなら、この無間地獄はただずっと構造的な美しさを湛え続けるだけだ。僕は神になりたかった。瞬き一つで世界を終わりにしたかった。大気から全ての現象を奪い去ってしまいたかった。絶対的三人称になりたかった。苦しみを取り除きたかった。生きるのを止めたかった。僕は神になりたかった。ただ神になりたかったのだ。

Jack

という内容の書簡が届いたので、Zeus様に読ませてみた。
「なんだ、随分とバター臭い手紙だね。中身なんて読めたもんじゃないよ」
「Zeus様、それは貴方様の手がお汚れだからでございます」
Zeus様は私の言葉を無視し、テーブルの上のピザに手を伸ばそうとした。ペプシの瓶に腕が当たり、はずみで机にペプシコーラが血溜まりのように広がった。
「ああ……掃除したまえ!」
バランスボールのように膨れ上がった腹をさすり、かの全能の父は大きなげっぷをして言った。
「そもそも、俺なんて居ないのになあ」
「私も、居りません」

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