真のファシズム入門(千坂恭二氏に訊く)その3

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 「その2」から続いて、これで完結〉

 すでに公開済みの「真のアナキズム入門」の続編的な対談というかインタビューである。もちろんファシズムに肯定的な立場から語られており、千坂氏は〝アナルコ・ファシスト〟と形容されることもあるが、千坂氏自身はファシストを自称してはいない。
 いずれにせよ、ファシズムに否定的な者に〝ファシズムとは何か〟を問うても無意味であることは疑いない。ファシズムは第2次大戦の終結以降、ただひたすら〝悪〟の思想とされており、ではなぜそのような思想に惹かれる者がいるのか、説明不能になるはずだからである。
 2015年3月7日に大阪の「トラリー・ナンド」でおこなわれ、紙版『人民の敵』第8号に掲載された。時々登場する「小灘」氏とは、同店の店主で「民族の意志同盟」関西支部の支部長でもある小灘精一氏である。

 第3部は原稿用紙換算23枚分、うち冒頭7枚分は無料でも読める。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)はその7枚分も含む。

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小灘 千坂さんの議論ではファシズムと天皇がくっついてるのが不思議で、イタリアにしてもドイツにしてもファシズム勢力は王制を否定して、そもそもファシズムって言葉自体が横文字だし、王制的なものを否定してるからこそ近代的な政治思想なんだというイメージをぼくは持ってたんですが……。

千坂 〝天皇〟って、多くのインテリが考えてるように反近代的あるいは前近代的なものなのかってことだよね。かつて日本には〝資本主義論争〟というのがあって、講座派と労農派がやり合ってた。労農派は、維新によって天皇制は基本的に一掃されて近代国家が成立した、明治維新は一種の市民革命だったと云い、講座派は、まだ前近代的な天皇制が残っている以上は市民革命は達成されていないのであって、まずは天皇制を一掃しきる市民革命をちゃんと最後までやらなきゃいけない、と。労農派は社会主義革命を目指し、講座派はまず民主主義革命を目指すべきで社会主義なんかもっと先の話だと云う。だけどいずれにせよ双方とも天皇制を前近代的なもの、遅れたものと見なしてる点では一緒なんだ。

外山 〝残存せる封建制〟っていう。

千坂 そうそう。ところがアジアでなぜ日本だけがいち早く資本主義を確立できたのかって問題があるでしょ。マックス・ウェーバー的な議論ね。それはやっぱり明治国家を形成する時に当時の指導者層が西洋をモデルにして、キリスト教的なもの、一神教的なものが必要だと考えて〝天皇制〟を作ったからだよ。「天皇制」というのは左翼用語で、肯定的に捉える人たちは「皇室制度」と云うのかもしれないけど、まあこの際〝天皇制〟でもいいや。ともかく天皇制って古代から存在したものではなく、明治に作られたものなんだ。西洋の一神教を代替するものとして確立された。で、そのことによって初めて日本は資本主義をうまく導入して、〝近代〟を実現できたんだよ。そのことだけとっても、天皇制は〝反近代〟でも〝前近代〟でもなく、むしろ近代の基軸なんだと考えられるはず。
 そもそも近代を確立するためには〝自我〟が確立されなきゃいけない。〝主体〟と云ってもいい。〝我思う、故に我あり〟的な近代的主体ね。だけど日本で〝我〟って誰なのか。ヨーロッパでは神が〝我〟であって、それが個々人に化身するわけだ。そのことによって個々人が〝神〟になるんだと云ってもいい。その純粋な形がプロテスタントだよね。プロテスタントでは、神は個々人の心の中にいる。心の中の神と対話することによって近代的自我が形成される。そういうメカニズムを日本で代替的に成立させようと思ったら、〝天皇〟を持ってくるしかないんだよ。あるいは、明治になってから天皇をそういうものとして作り直したんだとさえ云える。

外山 たしかに江戸時代までの〝天皇〟って、そういう存在ではありませんからね。

千坂 〝イエ〟としてあっただけでしょ。それは明治以降の、制度としての天皇制とは全然違うものだ。

外山 そもそも〝主体〟って英語でもサブジェクトで、元々は神や王に〝臣従〟してる者ってニュアンスですし。天皇の臣民になることがイコール近代的主体となることで、そういう意味では、天皇制は〝封建制の遺物〟どころか日本近代の基盤だってことですよね。

千坂 そうそう。

小灘 もし日本に天皇と共存するファシズム政権が成立したとしたら、それはローマ法王と共存するイタリア・ファシズム政権ともまた違うんでしょうか?

千坂 ファシズムって、基本的には〝幕府〟構想と一緒なんだと思う。王のような存在がいて、その下に政治的な実権を握る執権者がいる。イタリアの場合はイタリア国王がいて、国王から執政官として指名される形でムソリーニが首相の座につくよね。だから日本で云えば……。

外山 征夷大将軍(笑)。

千坂 うん、そんなようなものだよ。それはヒトラーだって一緒。ヒトラーも、ヒンデンブルク大統領によって首相に任命される。

外山 大統領って要は国王の近代的代替だし……。

千坂 ところがヒンデンブルクがやがて死んで、大統領がいなくなると、ヒトラーが大統領も〝代行〟することになる。正規の大統領ポストは空席のままなんだ。〝上〟がいないからヒトラーが絶対者として振る舞えるようになるんだけど、それは日本で云えば、天皇の代行者の役割も兼ねる征夷大将軍というか……足利義満みたいなものじゃないかな。義満は〝天皇になろうとした将軍〟と云われてるよね。とにかくヒトラーの上には本来は大統領がいて、首相とは別の権限をいろいろ持ってるはずなんだけど、その大統領の座を空席にすることでトップになれた。しかも授権法という特別法によって政府に立法権も持たせてある。

外山 全権委任法ってやつですね。

千坂 特別法だから期限つきだけど、そんなもの国会で何度も延長していけばいいだけなんだ(笑)。たしかヒトラーへの全権委任は3年間で、3年ごとに更新してる。ナチス政権は12年続いたから、4回更新したんだろうね。国会に更新の動議を提出して、国会議員は全員ナチス党員だし(笑)、全員で〝ハイル・ヒトラー!〟って承認して成立、っていう。だけど形式的にはヒトラーだってやっぱり〝征夷大将軍〟だったと思うよ。

外山 ヒトラーって、公式にはどういう肩書でしたっけ? たしかいくつかの公職の兼任なんですよね?

千坂 〝ナチス党首〟兼〝首相〟でしょう。

外山 2つだけでしたっけ? もう1つ何か兼ねてたような気が。

千坂 国防軍の最高司令官を兼ねてたかもしれない。どこの軍隊でも軍人に忠誠を誓わせる儀式があるけど、ナチスドイツの場合はヒトラーに忠誠を誓わせてる。〝首相〟とか〝大統領〟とかいった抽象的な存在にではなく、ヒトラーという個人に忠誠を誓わせてるところがまた独特なんだ。そのことが当時の国防軍将校たちがヒトラーに反逆しようとする場合の足枷になる。忠誠を誓った人物に対して反逆はできない。これがもし〝首相〟に忠誠を誓ったのであれば……。

外山 まずヒトラーを首相の座から引きずりおろせばいい。

千坂 そういうこと。そこらへんがナチス独特の〝指導者原理〟と呼ばれる、〝取り替えのきかない指導者〟による統治っていうやつだね。イタリアの場合は取り替えがきいたわけでしょ。ムソリーニにとって代われる人間はいくらでもいる制度の上での〝独裁〟だし、実際に最後はバドリオにとって代わられた。

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