絓秀実氏との対談(2017年9月12日)・その2

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 「その1」から続く〉
 〈全体の構成は「もくじ」参照〉

 世界に出して恥ずかしくないごく数名の日本の知識人の1人である絓秀実氏との対談シリーズである。
 2017年9月12日におこなわれ、紙版『人民の敵』第35号に掲載された。
 話題は例によって多岐にわたる。
 ( )内は紙版『人民の敵』掲載時にもともとあった註、[ ]内は今回入れた註である。
 なお云うまでもなく、対談中で「前の天皇」とか「先帝陛下」とか云ってるのは昭和天皇のこと、「今の天皇」とか「今上帝」とか云ってるのは平成時代の天皇つまり現・上皇のことである。

 以下本文。
 第2部は原稿用紙換算22枚分、うち冒頭8枚分は無料でも読める。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)はその8枚分も含む。

     ※     ※     ※


 ひとしきりナガブチ談義

 オレは長渕のあのマッチョなノリはほんともう、勘弁してほしい。

外山 ぼくも大嫌いだったんです。それがある時期から、なんか一種のコミックソング的な聴き方をするようになって……。

 たしかにコミックソングだと思えば笑って許せるのかもしれないけど、こないだ久々にテレビで長渕を見て、なんだこのマッチョなナルシズムは、って改めて辟易させられた。

外山 そりゃあ常識人ならそう思いますよ。見たというのはアレですか、〝安倍政権批判〟だか〝マスコミ批判〟だかを絶叫してたっていう……(16年12月8日のフジテレビ「FNS歌謡祭」。ユーチューブで「長渕剛 乾杯 FNS」とかで検索すれば見られる)。

 どうだったかなあ。

外山 「乾杯」って曲は知ってるでしょ?

 うん。

外山 新聞のテレビ欄には、〝今夜、長渕剛が生出演で「乾杯」を熱唱!〟とか載ってたんです。ところが始まってみると、ギターで延々とリズムを刻みながら、〝若者の貧困どうする?〟とか〝ダマされねぇぜマスコミ〟とか、ラップ調で5分ぐらいオラび続けるんですよ。ひとしきり吠えまくって、やっと最後に「乾杯」を歌いだす(笑)。

 オレが見たのはたぶん、新曲のプロモーション・ビデオみたいなやつだったと思う。「ブラック・トレイン」って曲(7月に配信限定シングルとしてリリース)じゃなかったかな。長渕が何か、黒いコートを着て……(PVはユーチューブで全編見られるが、べつに見なくてもいい)。

外山 『ヒット曲を聴いてみた』(駒草出版・98年)でもそういう話になったけど、長渕はもうPVも主演ドラマも全部、単に〝信者〟向けの宗教ビデオですから(笑)。

 そもそもオレは「乾杯」って曲を初めて聴いた時もゾッとしたもん。

外山 でも人民はああいうのが好きなんです。今でも結婚式の定番は「乾杯」でしょう。絓さんが見たというその新曲らしき〝マッチョ・ソング〟はともかく、マッチョ路線になって以降の長渕でも、たまにバラードのシングルを出すと人民は感動して聴いてますよ。15年ぐらい前の「しあわせになろうよ」って曲(03年)も、単に流行歌としてのキャッチーさでも「乾杯」にはるかに及ばない駄曲ですけど、やっぱり結婚式の定番として定着してますからね。

 長渕はどうして安倍ちゃんが嫌いなの? だって長渕は右翼でしょ?

外山 〝下層階級の情念〟みたいな人じゃないですか。常に〝人民と共にある〟人なんですよ。

 エリートは嫌い、と。

外山 福島がああいうことになると、やっぱり現地の農民とかに過剰に思い入れて、寄り添って、原発への怒りを燃やしたりしてますし……。

 杉良太郎みたいなもんかな?

外山 アリガチと云えばアリガチな人ですけど、長渕は固定客をガッチリ掴んでいて、それだけでもう商売が成り立つんで、そこは特殊ですよね。松山千春なんかともキャラはカブってるけど、松山千春には若いファンはついてませんから。

 たしかに松山千春が若者に熱狂的に支持されてる図は思い浮かばない。

外山 つい最近も(8月20日)、なんかヘンなニュースがあったでしょ。飛行機だかで松山千春が突然マイクを持って歌い始めたらしい。

 そうそう。乗ってだいぶ経つのに飛行機がなかなか飛ばなくて、乗客がイライラし始めてたのを歌でなごませた、っていう(笑)。

外山 若い人たちは「誰だ、このオッサン」って反応だったみたいですね(笑)。

 中高年の客はみんな感動してたって。……〝メンヘラ・アナキズム〟系の論客のファンたちは、やっぱりメンヘラなの?

外山 メンヘラもかなりいるでしょうけど、ぼくの印象では〝教養はあるけど覇気がない〟人たちって感じがします。

 なるほど、そうかもね。

外山 〝草食系男女〟って感じ(笑)。

 草食系だよなあ。森元斎も栗原康も草食系なの?

外山 森君はともかく、栗原康はそうだと思います。

 しかし長渕はどう見ても草食系ではないでしょ?(笑)

外山 肉しか食ってなさそうですもんね。でも意外とカッコつけて〝ベジタリアン〟とか気取ってそうな気もするけど。

 肉食系の長渕が草食系の若者たちを熱狂させてるというのは、普通の意味で云う〝ファシズム〟なんじゃない? 〝強い父親〟が〝か弱き民衆〟を束ねてる。

外山 もっとも長渕ファンにはフツーにマッチョなタイプの若者も一定いると思いますよ。体を鍛えまくって、格闘技とかやってるような若者とか。だって、格闘技じゃないけど野球の清原なんかも長渕信者だったわけでしょ。ああいうマッチョなスポーツマンとか、あるいはやっぱり体育会系的なメンタリティが支配的なんだろう芸能界にも、とくにお笑い芸人とかに長渕ファンがやたら多いじゃないですか。つまりマッチョ的・体育会系的な知的下層階級の人たちと、その対極にいる草食系の高学歴インテリの中のこじれたタイプと、両方から熱狂的な支持を集めてる。

 なるほどね。


 右翼は今のような皇室でいいのか?

 ……今の陛下はそれで云うと草食系なの? 肉食系なの? 普通に考えれば草食系だと思うし、皇太子にしても、まあ実際はどうなのか分からないけど、少なくとも皇室全体が何か草食系的な装いを強いられてるよね。右翼はこういう草食系の天皇や皇室のありように納得してるんだろうか?

外山 そこは前々から云ってるとおり、少なくとも〝天皇主義〟の右翼は、個々の天皇がどういうキャラであろうがかまわないわけですよ。〝立派な人だから〟帰依してるんじゃなくて、〝天皇だから〟帰依してるんですもん。

 そういう天皇観は、三島をちゃんと読んでないから成り立つんです。思考を放棄してるからそんなことが云える。

外山 いや、ぼくはファシストなんで、ファシストである三島の天皇観とも親和的ですけど、右翼は必ずしも三島を参照する必要はないでしょう。そもそも右翼には理屈がないし、まさに思考を放棄して天皇に帰依してるわけですから。もちろん思考や理屈がないから、三島が実は右翼ではなく、右翼とはまったく違う天皇観を云ってることにも気づかずに、三島を信奉したりもできる(笑)。それに藤村(修)君やノイホイさん(菅野完氏)のように珍しく理屈も理解する〝天皇主義者〟たちは、三島は嫌いだと思いますよ。

 ノイホイさんとかを見てると、内田樹や高橋源一郎や島田雅彦と変わらないでしょう?

外山 それも前に云ったとおり、内田樹たちが〝親・天皇〟に転向して立場が似てきただけで、ノイホイさんは昔から天皇主義者なわけです。しかも内田樹は今の天皇がたまたまリベラルだからそうなっただけで、ノイホイさんは仮に今の天皇がろくでもないレイシストだったりしても、変わらず帰依するはずです。

 いや、やっぱり戦後民主主義こそがそういう〝天皇主義〟と親和的だということでしょう。戦後民主主義を守ることが天皇を守ることであり、天皇を守ることは民主主義を守ることだという円環が戦後憲法で成立しているわけで、それは三島も唾棄したところです。

外山 ノイホイさんは戦後民主主義者でもあると思いますよ。

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