余は如何にして東京都知事候補となりし乎(その5)

 【外山恒一の「note」コンテンツ一覧】

 「その4」から続く〉
 〈全体の構成は「もくじ」参照〉

 2009年(つまり都知事選の翌々年)に書いた〝都知事選回想記〟の前半部で、都知事選出馬を決意するまで、を振り返っている。本篇とも云うべき後半部、つまり都知事選そのものに関する回想記は結局、現在に至るまで書いていない
 もともとサイト「外山恒一と我々団」(当時は「ファシズムへの誘惑」)で無料公開していたが、2011年6月、中川文人氏が当時やっていた電子書籍の版元「わけあり堂」のコンテンツの1つとして有料化された。
 その後、中川氏が「わけあり堂」をやめて、読むことができなくなってしまったので、2015年3月に紙版『人民の敵』第6号に全文掲載した。

 第5部は原稿用紙換算27枚分、うち冒頭11枚分は無料でも読める。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)はその11枚分も含む。

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    2.事前運動をやると実験にならない


   日本に〝言論の自由〟など存在しない

 出ると決めてから本番までは二ヶ月ぐらいで、ストリート・ミュージシャン稼業で十五万円を自分で貯めて、あとは五万円ずつ三人の友人知人に借金をして、なんとか告示直前までに三十万円の供託金を用意しました。
 事前運動はまったくやっていません。
 まず、そんなものはやりようがないというのが一つ。さきほども云ったとおり、選挙区内に単なる知り合いすら一人もいないんですからね。
 もちろん一人も知り合いがいなくてもやれる事前運動はいろいろあります。辻立ちとかビラのポスティングとかですね。
 ただ一つには、これが初めての経験で、事前運動がどこまで法的に許容範囲なのか、全然分からなかったということがあります。
 条文的には〝事前運動〟は全面的に禁止です。もちろん普通の候補者は全員、事前運動をやっています。つまり法の抜け穴はいっぱいある。
 選挙が近くなると、街頭でノボリを立てて演説してる人とか、あるいはただ立って通行人に手を振ってる人とか、いっぱい出てきますよね。「市議会議員の誰それの後援会でございます」とかスピーカーで流してる車さえ走り始めます。ビラのポスティングだって盛んにおこなわれる。
 これらはすべて選挙本番に向けた事前運動であるに決まってるんですが、どうやら「選挙」という一言さえ口にしなければ[露骨に投票依頼的なことをしなければ]、基本的には何でもアリなんだと、今は知っています。しかし当時はまだどこまで合法でどこから違法なのか、その線引きがよく分からなかった。違法だからといって必ずしも検挙されるわけではなく、微妙なケースならたいていはまず警告があって、それでもやめない場合にいよいよ検挙されるようなんですが、その辺のサジ加減もよく分からない。
 実際、フツーの候補者の陣営がやっても問題にもならないようなことが、共産党にかぎっては検挙されたりしている。もちろん本来そういう差別は許されないことですが、事実としてそういう状況が──とくに九五年のオウム事件以降の監視社会化・管理社会化の進行に伴って──存在する。
 具体的には、ビラのポスティングが他人の敷地への〝無断侵入〟とされて逮捕されるとか、そういう信じられないようなまさに政治弾圧が、実際にもう何件も起きている。この国にまだ言論の自由が存在しているなんて思っている人は、はっきり云ってバカです。
 私なんか、共産党より過激な候補者なわけですからね。そういう弾圧を食らわないともかぎらない。
 しかも私は当時、刑務所を満期出所してからまだ一年ちょっとで、実は刑事訴訟法上、刑期を終えてから五年間は、また刑事裁判にかけられると執行猶予つき判決が受けられない。無罪か罰金刑か実刑しかなくて、罰金刑と実刑の間の執行猶予つき判決がないんです。つまり些細な犯罪でも、また懲役になる可能性がある。
 他のことならともかく、心底からバカにしている選挙なんてもののためにまた刑務所に行くことはあまりにも不本意だし、そもそもとりあえずやってみたい過激選挙の実験が、その前段階で潰されるのは何としても避けたい。
 それで躊躇したというのも多少はあります。
 もっとも、一つだけ中途半端に試してみたことはある。
 国分市の飲み屋街で、何度かストリート・ミュージシャン活動をやりました。これはまあ経験的に、そうそう逮捕されることはないと分かってますから。
 選挙云々以前から、自己紹介的に使っていたビラがあって、寄ってきた人たちにそれを渡して、とりあえず顔と名前と、実はそういう過激な政治活動家であるということを覚えてもらう。国分市は選挙区外ですが、隼人町からもいくらでも飲みに来てますからね。
 あ、もちろん歌うのは基本的にブルーハーツとかそういうのばっかりで、稼ぎは度外視しました。稼ごうと思ったら、鹿児島だし長渕剛をやるのが一番なんですが、同志を集めるための選挙運動のための事前運動で長渕ファンを集めたってしょうがない。
 何度か──三、四回かな?──そういうことをやったけど、バカバカしくなってやめました。ストリート・ミュージシャンで同志は集められないということは、そもそも二十年近くそれをやってきて分かりきってたはずなんです(笑)。ブルーハーツばっかりやってたとしても、それがきっかけでマトモな奴と知り合うのは年に一度あるかないかですよ。
 だいたい当選を目指してるわけじゃありませんからね。
 選挙制度を同志集めに利用できるのかどうかを実験しようとしている。
 選挙期間以外の時期にビラまきや街頭演説をやるんだったら、それは要するにフツーの政治活動をやってるだけです(笑)。なんか本末転倒になってる。
 どっちかというと、選挙違反が云々よりも、そのことに気がついて、いっそ事前運動は一切やらないことにしたという感じです。


   立候補予定者説明会へ

 ただもちろん、選管には事前に何度か出向きましたよ。
 初めてのことだし、手続きとか、よく分かりませんからね。
 念のためにまず、基本的には立候補する方向で考え始めた本番二ヶ月前ぐらいに最初に、まだ合併前ですから隼人町役場の隼人町選挙管理委員会に、「立候補を検討しているんですが、必要な手続きについて教えてください」と相談に行った記憶があります。
 そしたら、本番の約一ヶ月前に立候補予定者のための説明会を開催するから、それに参加するように云われた。
 早めに行ってみるもんですね。それを知らずに、本番二週間前とかに相談に行ったら、説明会はもう終わってることになりますからね。
 さらには──まあこれを読んで〝自分も選挙に出てみよう〟という人はあんまりいないと思いますが、万が一そういうトンチンカンな人がいたとして──本番当日にいきなり選管に出向いて立候補の手続きをしようとか、そんなことは絶対にやめた方がいい。
 法的にはそれは可能です。告示日のたしか夕方五時までに手続きをすれば正式に立候補を受け付けてもらえます。
 が、記入しなきゃいけない書類とか、提出しなきゃいけない戸籍抄本とかサイズの指定された顔写真とか、とにかく結構いっぱいありますからね。それを一日で全部用意するのは大変です。
 選挙公報に載せる原稿ももちろん候補者サイドで作成するんですが、これは提出期限は告示の翌日とか翌々日とかに設定されているとはいえ、原稿用紙そのものは約一ヶ月前の説明会の時点ですでに渡してくれたりしますからね。
 もっとも都知事選の時には説明会とかはなくて、そこらへんは選挙の種類や、あるいはそれぞれの自治体によってさまざまなんでしょうが、とにかく本番のかなり以前の時点で、本番での手続きを簡略化するための便宜は図ってもらえる。そうしないと候補者側も大変だからです。
 それだけじゃなくて、候補者以外の選挙関係者も、事前の動きを見て、誰が立候補する予定なのかを把握します。例えば報道関係者もそうですし、あるいは何かの問題について全候補者にアンケートみたいなことをやろうとしている民間の団体がいたりして、そういう人たちも、まずは説明会に出席した顔ぶれを見てそれぞれ動きます。
 もちろん私は、〇五年十月下旬におこなわれた立候補予定者への説明会に行きました。
 後の都知事選をはじめ、そもそもファシズム転向以来、つまり〇四年春に福岡刑務所を満期出所して以来、公の場に出る時の私の正装で出席したことは云うまでもありません。スキンヘッドで、前身黒づくめで、編み上げの安全靴。
 どっちだったか忘れましたが、「恐怖政治警戒中」か「まだ反抗期」か、白抜きの文字が入ったTシャツをこれ見よがしに着て──あ、そういえば選挙に出ると決めてからは、普段の外出の際にも必ずこのどっちかのTシャツを着るようにしてました。実家の近所のスーパーとかにも着て行ってたんで、それだけは唯一、地道に続けた事前運動かもしれません(笑)。
 説明会には、候補者本人はもちろんたいてい来ますが、それだけじゃなくて、それぞれの陣営の中心的なスタッフとか、報道関係者とか、基本的には誰でも入れる場所ですからその他にもたぶんいろいろ来ていたんだと思います。会場は国分市役所、つまり合併後は霧島市役所となる建物の中の大ホールで、ということはもちろん隼人選挙区だけではなく全選挙区の全候補者がそれぞれのスタッフ込みで総結集しており、おそらく二百人以上がつめかけていました。
 私にはべつにスタッフも何もいませんから、一人で行きました。
 まあおそらく〝オカシな奴が一人、立候補しようとしてるな〟という印象は、他の候補者たちに与えたんじゃないでしょうか。
 私が立候補予定者の一人であることは、たぶん会場の人たちには分かったと思いますよ。何かの書類が配られる時に、それは一陣営につき一式ずつで、全候補者が一人ずつ名前を呼ばれて、会場の前の方のテーブルまで取りにいきましたから。スタッフが取りにいくこともあるんでしょうが、たいていは本人が取りにいってたようだし、私は云ったとおり場違いなカッコしてて目立ってた上に私の周囲には同陣営らしき人は誰も座ってませんから、田舎選挙にしては珍しく今回はいわゆる泡沫候補がいて、一人で来てるんだろうと、おおよその見当はついたでしょう。
 選管の人や、あるいは所轄の警察署から選挙違反担当の人とか、それぞれ挨拶や説明が型どおりに進んで、こっちはまあ、黙って聞いてるだけですよね。質疑応答みたいな時間はもちろんありますが、とくにその場で訊かなきゃいけないようなことは何もなかったんで、服装以外でとくに目立つようなことは何もしていません。
 隼人町の共産党議員が──実は高校時代に少し接触のあった人なんですが──ポスター掲示板にポスターを貼るための糊の使い方について、かなりどーでもいい質問をしつこくやって、また共産党が何か云ってるよみたいな雰囲気になってたのがちょっとオカしかったぐらいで、とくにどうってことはない体験です。〝いよいよか〟とか、そういう感慨みたいなものもとくになかった。
 ただ、この時点で何人が立候補しようとしているのかってことは分かりました。隼人選挙区からは、私を含めて十八陣営が出席していました。十二議席を十八人で──まあ本当は十七人で(笑)──争う選挙戦になりそうだと。
 もっとも本番を迎えるまでに、二陣営が断念して脱落していて、実際に立候補したのは私を含めて十六人でしたが。
 さきほど云ったように、立候補手続きに必要な書類もこの日に受け取りました。それらには事前にすべて記入して、告示日の何日か前までに審査を受けるようにと云われました。
 で、これが大問題なんですね。

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