絓秀実氏との対談(2017年4月17日)・その1

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 〈全体の構成は「もくじ」参照〉

 世界に出して恥ずかしくないごく数名の日本の知識人の1人である絓秀実氏との対談シリーズである。
 2017年4月17日におこなわれ、紙版『人民の敵』第32号に掲載された。
 現状に対する正しい愚痴から、新左翼運動史に関する非常にマニアックな話まで、話題は例によって多岐にわたる。
 なお稀に発言する「東野」とは云うまでもなく「ファシスト党〈我々団〉」党員の東野大地である。
 また[ ]内の註は今回のnoteへの転載に際して付け加えたものである。

 以下本文。
 第1部は原稿用紙換算24枚分、うち冒頭8枚分は無料でも読める。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)はその8枚分も含む。

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 外山の叛旗派びいき

外山 紙版『人民の敵』の次号(第31号)には、絓さんの『1968年』(ちくま新書・06年)の読書会の様子を載せるつもりです。第4章・第5章の部分だけですけど[すでにnoteで公開済みの「スガ秀実『1968年』超難解章“精読”読書会」のこと]。

 そうですか。どんどん批判してください(笑)。

外山 全体的には批判的なトーンではないんですが、藤村(修)君が時々、妙に突っかかってます。「この〝吉本(隆明)葬送派〟め!」みたいな感じで(笑)。

 あの本にはそれほど〝吉本葬送〟ってニュアンスはないと思うけどなあ。

外山 吉本の「転向論」を詳細に批判してる箇所があるじゃないですか。

 ああ、そうか。……藤村君って要するに、〝右翼の吉本主義者〟なの?

外山 そうですね。

 呉智英なんかに近いのかな?

外山 もちろん呉智英も愛読してたようですけど、一番影響を受けたのは加藤典洋とか竹田青嗣とか、つまり〝『オルガン』右派〟のようです(『オルガン』は、小阪修平・笠井潔・竹田青嗣を編集委員として、86年から91年まで、現代書館から10号刊行された思想誌。外山界隈では便宜的に、常連寄稿者らを含め、小阪・笠井そして同誌創刊以前に死去した笠井の盟友・戸田徹らを〝『オルガン』左派〟、竹田・橋爪大三郎・加藤典洋・小浜逸郎・西研らを〝『オルガン』右派〟と呼んでいる。なお外山は藤村氏とは逆に〝『オルガン』左派〟から強い影響を受けた)。

 そこから右翼になるというのもまたすごいね。

外山 いや、藤村君は中学生の頃から右翼で、20代になって〝『オルガン』右派〟の影響下に入るんです。

 なるほど。我々の世代では牛嶋さん(牛嶋徳太朗氏。70年代に右翼学生運動のイデオローグの1人として活躍し、当時から千坂恭二氏とも親しかったようだ。現在は西日本短期大学教授)なんかが典型的だけど、70年前後に新左翼に接し、吉本を読んで変質する右翼ってのが、かなりいるんですよ。いわゆる〝新右翼〟的な潮流が、そうやって登場してくるわけです。吉本を評価していた三島由紀夫の近傍にあった学生たちですかね。

外山 右翼の中でもごく一部のインテリ部分に吉本が影響を与える、と。

東野 牛嶋さんも吉本に影響されてるんですか?

 吉本とか、あるいはブントの中でもとくに叛旗派(吉本の強い影響下にあった新左翼党派。76年に自主解散)が好きだったり……。

外山 へー、牛嶋さんも叛旗派びいきなんですか?

 どういうわけか、そうなんですよ(笑)。

外山 じゃあそこらへんも、ぼくと一緒なんですね。ぼくも叛旗派びいきだったんで。

 牛嶋さんがどうかは知らないけど、吉本の「大衆の原像」論というのは、結局、大衆の心性は天皇において、〝倒錯的に〟ってニュアンスも含みつつ、象徴されているということだから、天皇主義者になるということは、それほど不思議ではない。牛嶋さんには天皇崇拝はないようですけどね。牛嶋さんは赤軍派も好きらしいけど……叛旗派は〝大衆政党〟的な党派だったもんな。

外山 ノンセクトラジカル的な問題意識をほとんど唯一、踏まえてた党派でしょ?

 そう。でも〝学生サークル〟に毛が生えたぐらいの党派ですよ(笑)。

外山 神津さん(神津陽氏。叛旗派の事実上の指導者。名目上のトップは60年安保世代の三上治氏)は、最初からブントの活動家だったんですか? それともやっぱりノンセクト活動家を経てブントに入って、やがて叛旗派を結成したんですか?

 もともと中央大の学館闘争[66年]の活動家でしょう。

外山 叛旗派の結成も69年とか70年とか(70年6月)、諸党派の中でもかなり遅いですよね。

 ブントの分裂の中から出てきた。彼らはもともと、〝三多摩ブント〟(「三多摩」はかつて西多摩郡・南多摩郡・北多摩郡を構成していた、要はおおよそ現在の東京都の、23区以外のエリア)と通称されてたんです。
 その頃はのちの叛旗派と情況派でブント内の1つの勢力を成してたんですが、中大は別として、電通大とか東経大とか、多摩地区の大学が主な拠点だった。もちろんそんなに大した勢力でもなくて、つまりブント主流派の荒岱介(70年前後にブントがまた何度目かの分裂をして以降は戦旗派の指導者となる。11年死去)から疎外されてた部分だね。電通大は情況派の拠点だったかな。


 クロポトキン的な(良くない)アナキズムの復活

 ……ところで森元斎の『アナキズム入門』(ちくま新書・17年)の批判的読書会(紙版『人民の敵』第29号参照[すでにnoteで「森元斎『アナキズム入門』“検閲”読書会」として公開済み])をやったんだって?

外山 ええ、森君の本と、あと栗原康の本(『現代暴力論』角川新書・15年)[これもすでにnoteで「栗原康『現代暴力論』“検閲”読書会」として公開済み]。

 どうでした?

外山 森君のは、悪い意味で常識的な概説本でしたね。従来の教科書的なアナキズム理解から一歩も出ないような……しかし内容よりも文体が妙ちくりんで、やたらJポップの歌詞の引用があるんですよ。しかも何ら必然性のない、単に自分の音楽趣味のひけらかしにすぎないような引用の仕方で(笑)。

 外山君や千坂さんはバクーニンを重視してるけど、現代は、やっぱりクロポトキンが復活してるんだと思う。それこそ酒井隆史なんかが訳したデヴィッド・グレーバーの『負債論』(11年・訳刊16年・以文社)って本もかなり話題になってたし、グレーバーというのは……。

外山 よく名前を聞きますよね。

 アナキストで、例の〝ウォール街占拠〟(11年)にも関係してた人。

外山 人類学者でしたっけ?

 うん。

外山 ホロウェイ(『権力を取らずに世界を変える』02年・訳刊09年・同時代社が左翼シーンで話題になった)って人もいるけど、それとはまた違うんですか?

 近いと思いますよ。でまあ、グレーバーの『負債論』というのは、長大な駄ボラなんだけどさ(笑)。読み物としては面白いんですが……ベースにあるのはやっぱりクロポトキンなんです。『災害ユートピア』(09年・10年訳刊・亜紀書房)のレベッカ・ソルニットなんかもそうですね。

外山 クロポトキン的なアナキズムの復活、という話は前々から絓さんは問題にしてましたよね(紙版『人民の敵』第7号など参照)。……ぼくは10年前の都知事選以降、あんまり不用意に敵を作らないように、その後いろいろ出てきた若い連中の運動や著作についても、なるべく批判めいたことは云わないようにしてきたんです。

 〝運動〟というか、〝ライフスタイル〟の話でしかないでしょう、栗原康なんかの〝アナキズム〟って。

東野 まさにそのとおり。

外山 ぼくもそろそろ、そういうのはダメなんだとはっきり云わなきゃいけない気がしてきて、その一環として若い連中の書いた本を批判的に検討する〝検閲読書会〟というのを始めたわけです。とりあえず紙版『人民の敵』のコンテンツにしてみたけど、今後は、3回に1回ぐらいは紙版『人民の敵』ではなくネットで全文公開して[noteに引き続き無料のまま転載した「東浩紀ほか『現代日本の批評』“検閲”読書会」の他、有料とした「北田暁大・栗原裕一郎・後藤和智『現代ニッポン論壇事情』“検閲”読書会」ももともとは「web版『人民の敵』」で全文無料公開していた。同サイトは現在、閲覧できなくなっているようである]、〝我々の見解〟を広める必要があるんじゃないか、と。

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