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自分らしくこだわり続けて

東京で32年、店舗経営や本を出版されるなど精力的に活動されておられた奈部さん。今はパートナーの橋本さんと二人三脚でカフェと雑貨屋さんを切り盛りされています。順調だった東京での暮らしを手放してまで得たかったものは何だったのか、お話を伺いました。

奈部さんは東京で秘書やインテリアコーディネーター等、センスと人脈を活かし様々なお仕事を経験されました。キルトショップにお勤めされていた頃はバイヤーとしてご活躍されていたそうです。
ご自身のお店を独立開業してからは、そのご経験を活かしてアメリカで買い付けた布地や手芸品がとても評判になり、6店舗を持つまでになりました。
そんな中、奈部さんが新たなチャレンジの舞台に選んだのは、故郷・富山。
5年の長い準備期間を経て、富山にオープンしたお店には、おしゃれで可愛いものが大好きなお客様が集っています。

お庭とよくマッチしたアーリーアメリカンスタイルの建物
ここから既にこだわりが溢れ出ている玄関アプローチ

-- 移住前のお仕事は何をされていましたか?
家庭科は苦手でしたが、美術やモノ作りが好きな学生でした。富山の高校を卒業してから東京の美術学校へ進学するため上京し就職しました。インテリアのショールームで働いたときは、「パンフレットを配るだけでいい」といわれましたが、お客様の役に立ちたくて自分なりに勉強を積み「コンサルタント」の肩書を作ってもらいました。
26歳の時にキルトショップへ転職し、32歳の時に大きな転機を迎えます。英語が話せないにも関わらず、熱意と勢いで渡米しました。3カ月かけてアメリカ大陸を横断し、キルトショップを回って本場のキルトに触れてきました。その2年後に独立し、パッチワークキルトのお店を開業。信頼できるスタッフにも恵まれ、店舗を増やしていくことが出来ました。富山へ来てからも1年間は東京の店舗を営業していたのですが、そちらの方はほとんど現場のスタッフに任せることができ、おかげさまで富山でカフェの開業に専念することが出来ました。

移住のきっかけ ~ 移住の準備

-- 移住のきっかけを教えてください。
きっかけは60歳の時、お店のスタッフのお母様が65歳で悠々自適に過ごされていると聞き、自分の5年後はどうありたいか考えました。
事業も順調で、家も建て、そのままずっと東京に住むつもりでいましたが、マイペースで自分らしく日々を楽しむためにも富山に戻ってやりたいことをやろうと思いました。それから5年の長い時間をかけて、少しずつ着実に準備を進めてきました。

-- なぜ、富山だったのでしょうか?
私の地元は高岡市で、彼(パートナーの橋本さん)が富山市の出身です。自然と「移住するなら富山」だと二人とも思っていました。
富山市のコンパクトシティ構想に惹かれ、老後の暮らしを考えると、いずれ車がなくても生活できるところがいいと思いました。

-- 暮らしや仕事で都会との違いは何ですか?
(富山だから有利なこと・不利なこと)
やはり何といっても東京の便利さにはかないません。でも日常暮らすには今の生活に不自由は感じていません。
コンサートや観劇に行くには少し不便かもしれませんが、わざわざ富山から観に行くという特別感はひとしおです。

-- 富山でやりたかったこととは何ですか?
東京で開業30周年を迎えるまでに走り続けてきました。もう十分頑張ったという充足感もあり、次は自分が今までやってきたことを活かして、地元に何か残したいと思うようになりました。富山でいろいろなカフェに立ち寄った時のことが頭をよぎり、自分らしいオシャレで癒される空間を創りたい、自分にしか出来ないお店を創りたいとチャレンジを決めました。
富山の生花店で働いていた甥が、3年間、東京でそのセンスとスキルをさらに磨き花屋を担当してくれることになりました。
素晴らしい職人の方たちにも巡り合え、私のこだわりが詰まった、カフェと雑貨とお花を扱うお店を開くことが出来ました。

お店に入るとまず目に飛び込んでくる大きなパッチワークキルト
落ち着いた店内でお客様をおもてなし
賑やかに並ぶ可愛らしい布地や雑貨
甥っ子さんがおしゃれなお花屋さんを担当

富山での開業

-- 富山で起業するにあたり、相談はどこにされましたか?
(資金面・事務面)
有楽町の富山くらし・しごと支援センターや、富山県新世紀産業機構に起業に関する助成制度について、いろいろ相談に乗ってもらいました。
調べ物や申請は簡単ではなかったですが、彼がすごく頑張ってくれました。

-- 開業の理念をお聞かせください。
一人でも多くのお客様に癒しの場所、居心地のいい場所を提供できたら、という想いで営業しています。
おかげさまで、SNSを見て足を運んでくださる方や、手芸や可愛い雑貨が好きな方たちが県内外からお越しいただけるようなお店になり、有難く思います。
そんな方たちにゆっくりと過ごしていただき、また来たくなるようなお店作りが出来れば、と思います。

-- 開業して大変なことはありますか?
私も彼も飲食業は未経験で、やってみて初めて分かったことばかりです。
想像以上に大変ですね。今は後継者を育てることが課題です。
70歳を過ぎたら、信頼できるスタッフに店を任せたいと思っています。

-- こだわりや大切にしているモノ・コトなどを教えて下さい。
このお店や住居部分だけではなく庭の物置に至るまで、とことんこだわり抜いて建てました。
家具やインテリアはもちろん、食器や庭の隅のオブジェまで、妥協することなく選び抜いたモノたちです。
並んでいる椅子の配置や、お手洗いのお手拭きの色柄の並び順など、デザインや色に関しては細かいところまで大事にしています。
このこだわりが職人さんや同業者の方、お客様との出会いを導いてくれたと思います。

鎮座しているのは味のあるマトリョーシカたち
左上_小屋壁面の小鳥のレリーフは奈部さん作
他にもいろいろ小鳥をモチーフにしたもの
蛇口のハンドルが小鳥、そのてっぺんにはミツバチ

-- 富山に戻ってきてよかったですか?
富山に戻ってきて良かったです!
富山でこのカフェを始めたからこそ、新しい素敵な出会いがたくさんありました。
都会の便利さを手放したことは確かですが、移住して得られたものの方が断然多く、選択は間違っていなかったと思っています。
気のせいかもしれませんが、移住後、体の調子が良くなっていました。

-- これからの目標(希望や夢)はありますか。
将来はこの店舗を人に任せて、ゆっくり世界一周旅行を楽しみたいです。

-- これから富山へ移住・定住希望される方へメッセージをお願いします。
他人が何と言おうと、自分で選択して生きることがとても大事だと考えています。
やりたいことが明確になると、確実に一歩を踏み出すことが出来ます。
私の場合、「自分にしか出来ないこと」にこだわり続けて選択してきた結果が今です。
一生のうち、経験出来ることは限られています。
私自身、これからもたくさんいろんなことを体験したいと思っています。

「世界一周したい」 普通の人なら夢で終わることが多いですが、奈部さんは「必ず実現させます」と。穏やかな口調の中に、しっかりとした強い意志が感じられました。そしてその想いが、確実に夢を形にしてこられている原動力なのだと納得させられました。
静かな強さやパワーを感じる奈部さんの隣で、ニコニコ笑いながら優しく見守るパートナーの橋本さん。
お二人の絶妙なバランスと、和やかなやり取りも、このお店の癒しの一つかもしれません。

▷Instagram 「六月の青い鳥」https://www.instagram.com/rokugatunoaoitori/?hl=ja

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