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マイクラ紀行小説 あの小さいやつ

 彼はとうとう全てを掘り終えると、半日ほどかけて山の高台に戻り、自分がなしとげたものを見渡した。壁に囲まれた四角い穴であり、階段であり、井戸であるものだった。夜になっていたが、昼のように輝いていた。
 光が多すぎるな。彼は口に出して言った。暗いほうが綺麗だ。やっぱり壁の中は暗いままのほうがよかった。
 だがいたるところに光がなければならないことはわかっていた。それがルールだった。彼自身が決めたルール。本当にそうなのか、ときどきわからなくなるが、守ることに意味があると信じることはできた。少なくともそう思うことは。
 背後で呟き声がしたが、何を言っているのかはわからなかった。振り返るとセバスチャンがいた。そのように彼が名付けた村人だった。本当の名を彼は知らなかった。名前というものがあるのかも。
 やあ。彼は言った。なにか、おれに言ってくれることがあるんじゃないか?
 地上で彼がなしとげたものへ手を向けてそちらを見るよう促したが、セバスチャンは視線を動かさなかった。まばたきをしない目を彼に向けたままそこに立っていた。
 お前はどうしてここから動かないんだ? 彼は尋ねた。なにかおれに言ってくれることがあるんじゃないのか?
 セバスチャンが、彼には意味の通じない呟きをこぼした。彼にはそれが返事なのかもわからなかった。
 彼は構わず話した。
 今日、あれを作っていると、小さなやつが入ってきていることに気づいたんだ。どこから入ったんだろうな。壁にかけたランタンの下に、ウサギが入ってこられるよう隙間をあけておいたから、そこから入ったのかもしれないな。きっとそうなんだろう。
 知ってるか? あいつは動きが速くて危険なんだ。あいつの同類にやられたっていう話をどこかで聞いたことがあってさ。おれよりずっと長く、もっと厳しい条件で、何年も生き延び続けたんだが、小さなやつにやられて、それでもうその世界には入れなくなったって話を。
 だからおれは、注意深くその小さなやつを見守っていたよ。いつ襲ってくるかわからないからな。けれども、そいつはドアの前にじっと立ったままだった。ドアの飾り穴から外を見ていたんだ。
 ドアを開ければ出ていくかもしれない。おれはそう考えた。だが本当にそうなるかはわからなかった。ドアを開けたとたん、こっちに向かってくるかもしれない。だからドアを開けるべきか迷ったんだ。こういうの、お前にわかるかな?
 セバスチャンは答えなかった。微動だにせず彼に目を向け続けていた。
 おれはドアを開けたよ、と彼は続けた。あの小さいやつは真っ直ぐ出ていった。おれを見ようともせずに。そしてドアの向こう側で立ち止まった。振り返るぞ。おれは思った。こっちに来るぞ。だがあの小さいやつは動かなかった。なにかを待っているみたいに。なにかを探しているみたいに。
 おれはドアの内側にいて、そいつを見ていた。自分は安全だと思った。ドアを閉めればいいだけだった。だがおれはそこで、そいつを片づけておいたほうがいいと考えたんだ。小さいやつは危険なんだから。いずれ夜になれば向かってくるかもしれない。いや、そうなるだろう。今なら安全に片づけられるぞって。
 だから、そうしたんだ。簡単だったよ。あんなに素早く動くやつなのに。じっとしていたんだ。ずっとね。最後まで。そいつ自身が消えちまうまで。ただじっとしていたんだ。
 おれは急に、自分がしたことが信じられないという気持ちになった。やるべきことをやっただけなのにな。だが、そうじゃないのかもしれないとも思った。たぶん、そうじゃないんだって。
 おれは、やれることをやっただけなんだ。なぜそうする必要があるかは、はっきりしていたよ。でも、どうしたらそうせずにいられるかは、わからなかった。ただ、おれにやれるということだけは、よくわかっていた。だから、やろうと思った。そうしたほうが、お前たちも安全なんだし。そうだろう? お前たちを安全にしなきゃいけない。なるべく。できる限り。
 セバスチャンは呟き声をもらしたが彼は遮られることなく喋り続けた。
 そういうルールなんだからな。おれは、その小さいやつが残したものを拾おうと外に出たよ。そうしたら、今度は大きいやつがいて壁の隙間から中を見ていたんだ。たぶん小さいやつを探してたんだろう。そいつもおれを振り返らなかった。おれは、その大きいやつも始末しようと思った。だがそのときは、なんていうか、急いでそうしなけりゃならないっていう気分にはなれなかった。おれはそいつを放っておくことにした。ドアの中に戻って、本当にやるべきことをやろうと決めたんだ。それでも、しばらくそいつを見ていた。そうしたら、その大きいやつが壁の向こう側へ回っていっちまった。そして――おれじゃない、鉄の守り神が、そいつを片づけちまったんだ。とんでもなく、あっさりと。あの大きいやつは、いったいどこに行っちまったんだろうと本気で思っちまったくらいに。
 ここじゃ、たまにそういうことがあるんだな。いや、たまにじゃないか。おれには見えないだけで、ずっとそういう風なことが――。
 彼は言葉を切って空を見上げた。喋るうちに夜が終わり、太陽がのぼってきていた。それから雲が垂れ込め、雨とともに雷鳴が降り注いだ。
 みてろよセバスチャン。彼は言った。おれの上に落ちるぞ。
 だが村人はきびすを返すと行ってしまった。彼はその背に向かってわめいた。
 見ないのか、セバスチャン。おれの上に雷が落ちるぞ。
 村人は彼を見るのをやめていた。そして、彼にはわからない理由で、木と建造物の隙間に入り込んで出てこなくなった。別に雨から逃れられるわけでもないのに。ただそこから動かなかった。
 彼はまた空を見て言った。おれの上に落ちるに決まってるんだ。
 雨が引いてゆき、雲が流れていった。
 太陽が世界の端から端へ移動していくさまへ、彼は丸っこい手をかざしてみせた。何もかもあっという間に変わっていく世界の進みを止めるように。
 どんな苦闘にも無関心の世界の進み。消え去ったものへ無関心の世界の影を。
 彼はどうにかしてその世界と同じように地上を見られないかと思いながら眺めやった。あるいはセバスチャンのように。あの村人が彼を見るのは、ただ彼がそこにいて次の場所へ移動するからというだけにすぎなかった。それ以外のことに関心はないのだ。彼自身が、彼のなしとげたものへの関心を、おそらくそのようにして抱いているのと同じで。
 彼はしばらくして高台を降りていった。もうすでに別の関心をもって。まだ見ぬ、通過すべきもの、なしとげるべきもののもとへ。ただ風景の中へ、立ち去った。

マイクラ紀行3のワンシーンを衝動的に小説にしたくなったので書いてみました。こういうドラマと出会えるのもマイクラの魅力ですね。たぶん。


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