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冲方塾 創作講座9 視点を学ぶ① 視点の変化とメタファー

物を語る、物に語らせる。

「物語」という言葉には二つの意味があります。
 日本では古来、「草木・動物・物品」を主人公とした物語が多い。平安時代より前、今昔物語とか竹取物語の前からそうです。喋って動き出すモノが大好きなんです。
 ある物を説明するとき、その物に語らせる手法を「擬人化」といいますね。ある物があたかも人物であるかのように、その物に語らせる。それが現代に受け継がれている。
 ご当地マスコットたちとか。擬人化ものの作品とか。ちょっと前に『はたらく細胞』という漫画がヒットしましたね。当時、もう擬人化ものは飽きられたのではないか? なんで言われてましたが、やっぱりヒットする。
 商品説明でも擬人化は一般的です。水道や電気とか。でんこちゃんというキャラクター、いまでもいるのかな? (編集注※ 2011年の震災をきっかけに一時期使用が自粛されていたようですが、でんこちゃんはいまでもホームページ上にいます)
 そもそもこうしたことを、なぜするのでしょうか?
それは、ものごとの複雑な仕組みを、隠喩(メタファー)という、みんなが理解できるものへ変えるためです。
かぐや姫は、竹からあらわれて月へ去りますね。
竹も月も、時節の象徴です。竹の「節目」、月の満ち欠け。どちらも時間という観念をあらわしています。つまりかぐや姫は、「時間の擬人化」といっていい。
また、竹は安物の消費物です。
竹取の翁というのはネーミングからして安い素材を拾って集める貧しい人を意味している。その貧しい人が、竹の中から姫と財産を見出す、という不思議な現象が起こる。
さらにこの「姫」に、貴族たちが宝物とひきかえに婚姻を望みます。
これはつまり「経済」というものを解明しようとしているんですね。わらしべ長者も、座敷わらしもそうですが。
なんで財産って変化するんだろう? なぜ富が一カ所に集中するんだろう? なんで貧者が生じるのだろう? なぜ貧しかったやつが、急に金持ちになり、かと思うと時間が経つにつれてそれ以上金持ちにならなくなるんだろう? といった疑問に答えようとしいてるわけです。
ちなみに平安時代までは日本では土地家屋を相続するのは、女性だったようです。だから男は「通う」わけですね。で、財産の象徴ですから、「かぐや姫」は女性です。「かぐや太郞」だと、当時は違和感があったでしょう。
これよりあとの時代になると、物語の主役は、戦う男が大半になります。
桃太郎とか。桃という「魔除け」の擬人化です。明らかに男性の、すなわち武士の経済活動をあらわしている。桃太郎の装束は、刀に具足に旗ですから、完全に武士です。出兵し、家来を率い、鬼を退治し、平和と富を獲得する。
これも、どうすれば経済的に豊かになれるかを説明していますね。
浦島太郞とか金太郎とかもそうですが、お姫様が主人公の座からいなくなり、経済の主体が男性のものになったことをあらわしています。
おばあさんが桃を切ったら財産が出現したわけではない。富をもたらしてくれる「長男」があらわれた。
ちなみに古来、日本では桃は神聖なもので、邪悪を打ち払う力があるとされていた。伊邪那岐命、伊弉冉尊の神話でも登場しますね。
国作りをした伊邪那岐、伊弉冉のうち、伊弉冉は先に死んでしまって、伊邪那岐が冥府から伊弉冉を連れ戻そうとする。まあ詳しくはおのおの調べて頂くとして、伊邪那岐は腐敗した身となってしまった伊弉冉や亡者から逃げねばならなくなる。そのとき亡者を退けたのが桃の実です。
 桃の栄養や良い香りが神聖化されたわけですが、ここでは桃を投げる側が主人公でした。それがいつのまにか桃そのものが主人公になった。そして役目は変わらず鬼退治です。こうしてメタファーが受け継がれているわけです。
また桃太郎では、具体的に何を退治するのかを、イヌ、サル、トリが説明しています。
イヌ・サル・トリというのは十二支の三つで、西側に固まっています。
西、西北、西南をさしているんですね。日本海側からやってくるものを退けねばならなかったのでしょう。海から来る敵、海賊とか、外国人を撃退し、土地を守る。そうしたことがらを桃太郎という擬人化されて存在が語ってくれている。
 今回、三人称を一人称にすることで、みなさんに学んでほしかったことは、「上手に擬人化するテクニック」ではありません。「擬人化の背景にある、メタファー」です。
 主語を省くことが日本語の特徴であると、第一回の講義で詳しくやりました。
推測の文脈、つまり最後まで読むとなんとなくわかる文章が一般化した。
そのせいで、厳密な因果関係の説明に、ひじょうに不向きな書き方が一般化したわけです。この厳密な因果関係を、いちいち説明せずに済むよう、なんとなく全ての意味を内包するキーワードが必要になった。
それが日本語に置ける隠喩、メタファーです。
あらゆる言語がメタファーを駆使しますが、特に日本語の場合は、「わかる人にだけわかる内向きのメタファー」が発達しました。
 あとで説明しますが、英語の場合、「わからないやつにわからせる外向きのメタファー」が発達しました。
 まず日本語ですが、説明することがひじょうに面倒くさいとき、なんとなくわかってもらうためのメタファーが登場します。
このメタファーの役割は、心情的にわかった気にさせてくれることです。
今回の課題の提出物でいえば、万年筆がいい気分になったり、霧吹きが満足したりするといった主観的な解決を、客観的な解決に置き換えて、よしとしてしまう。
経済活動の仕組みを詳しく説明するのではなく、かぐや姫が私は去らねばなりませんと悲しみとともに告げ、繁栄の終焉を示す。なぜそれまで繁栄していたものが急に衰退するのかを説明する代わりに、「ああ悲しい」という主観的な情感を答えにしてるんですね。
桃太郎の物語は「鬼を退治したやったー」で終わる。なぜそもそも出兵することが富をもたらすことになるのか、ということについての説明の代わりに、「めでたし」という主観的な情感を答えとして用意しています。
この文脈が一般化したとことで生まれたのが、次から次へと主観的な情感を生み出す言葉の装置です。
これを、この講座では「万能主語」や「万能で仮想された主語」と呼びます。
本来、主語になりえないものを、かたっぱしから主語化して、それそのものに語らせる手法です。「私」にはわからないはずのものごとを書いてしまう。特に、心情面を強調してそうする。
たとえば、「私が見る限り、彼は嬉しそうに笑っており、大変喜んでいるようだった」と書くべきところを、「彼はすごく喜んだ」と書いてしまう。
彼という人間の内面は、私には決してわからない。にもかかわらず、文章上で、彼の存在を便利な主語に変えて、その内面を一方的に断定してしまうわけです。
なぜそうするかといえば、便利だからです。
文章自体も簡潔になる。ものごとの因果関係が自然と伝わる文章になる。
それが、万能で仮想された主語の良いところです。

 では特に因果関係を明らかにしなければいけないケースをみてみましょう。
まず、司法手続きにおける「私」の用法です。
これは非常に厳格です。原告・被告の供述は、基本的に一人称です。ちなみに江戸時代から変わっていません。
「私は~~をして、~~を思い、私はどうしてこうした……。私はこうで、私はああで……」
と厳密に一人称で供述する。なぜなら、「私」でなければ語れないことだらけだからです。全部「私」にする必要があるんですね。
そしてこれを弁護士や警察や検察が書きます。被告や原告が、頑張って作文するわけではありません。被告や原告の存在を、万能で仮想された「私」にしてプロが書きます。供述をとり、内容を整理し、最も因果関係がわかりやすい文章に整える。
はっきり言って、供述書と同レベルでものごとをすらすら説明できる人など、まずいません。供述というのは、作られた文章です。都合よく偽ろうとしてそうしているのではありません。そうする必要があるからやっているんですね。もちろん都合よく偽る司法関係者もいっぱいいて、しばしば社会問題になりますが。それでも供述方法は、一人称作文しか、今のところない。
たまたま起こった出来事のつらなりである現実をそのまま記述すればカオスになります。人間の心情は矛盾だらけで、あっちに行ったりこっちに行ったりします。
そうした混沌とした現実から、無駄な要素を省き、はっきりと因果関係を解明する要素だけを抽出し、「なんでも完璧に説明できる私」の視点で、整理整頓する。それが供述です。
これに対し、判決文は厳密な三人称になります。
供述とは逆に、法に語らせる必要があるからですね。
裁判官が「私はこう思います」と一人称を使うと、お前が独断で決めたのか? 法を無視したのか? ということになってしまう。
ですので、そうではないよ、「法」や「判例」がそうすべきだと示しているんだよ、という体裁を取る。「法」を擬人化するかのように、万能で仮想された主語として扱うわけです。
判決文は「○○の罪状によって、○○の○○を適応させうるので、○○である」となる。
裁判官の個人的な心情だけで判断したとは言わない。法が定めているので、心情的なものは必要な場合を除いて省かれる。
 この三人称もまた、万能で仮想された主語です。
 原告と被告の供述、法と判例という、大いにややこしいものごとを比較検討し、結論づけるには、主語を万能にし、適切に仮想しなければならないからです。
 こうした「現実というカオスから人を脱出させ、はっきりとした因果関係に支えられた世界に生きることを可能とする言葉」が、万能で仮想された主語であり、そしてそれらが生み出す、隠喩、メタファーなのです。
 ではここで、明喩と隠喩について、改めてそれぞれの定義をみてみましょう。

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