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冲方塾 創作講座8 講評②あるモノの構造と機能を一人称で説明する

 では講座の第三回を始めます。
 まずは、第二回で出された課題の講評からやりますね。
 今回は提出数がかなり多く、特にみなさんのためになるであろうテキストを選びました。よくできた模範例のほか、ここを注意しましょう、みなさんやりがちですよ、という意味で、ためになるテキストです。さっそく見ていきましょう。
 
 【講評1】

私はとっても敏感な女。
あなたのその指が私に触れた瞬間、私はそれを感じるの。
どこを、どれだけ、たたかれても、なぞられても、つままれても。
けれど私は貴方の指の力強さは感じ取れない。
小鳥を撫でるように優しく触れられても、えぐるような激しさで押しつけられても、私にはどちらも同じ。
ただ触れられている、それだけ。
なぜなら私が感じているのは貴方の指そのものじゃないから。
私の皮膚を覆っている静電気。
私が感じ取るのは貴方の指が触れたことで生まれるその微かな静電気の流れ。
私はスマホのタッチパネル。
好きなだけ触って。
光の速さで反応してあげる。

 「その指」が触れた瞬間、「それ」を感じるの、と指示語を重ね、指が接触する瞬間を強調しようとしていますね。
また、私が感じる「それ」が、「その指」ではなく、実は「静電気」なのだという事実をドラマチックにしようと工夫している。
しかし、なんでもかんでも繰り返しすぎたせいで何を強調したいのかがわからなくなっています。文章の大事なところを蛍光ペンで色づけしようとして全部そうしてしまい、かえってどこが大事だかわからなくなる。そんな感じです。
「つままれても」「けれど(も)」「触られても」、「ただ」「それだけ」と、繰り返しが続きますが、私である女にとって、強く触れることの無意味さを強調したいのか、それでも執拗に触ろうとしている相手の存在を強調したいのか、焦点がぼけていますね。
「私」が実はタッチパネルであることを最後に明かし、読み手を驚かせようとしているのでしょうが、そもそもなぜ女なのか、理由を考えたほうがいい。最後に女であることの意味が特にないので、「私」が男でも猫でも成り立ってしまう。ちゃんと理由があると、読み終えて、ああなるほどね! となるんですが。
文章をことこまかに強調し、興味をひこうとするあまり、かえって焦点がぼけるというのは、ひじょうにありがちです。読む側の視点で、自分の文章を見直す訓練をすることで、こういった欠点は直っていきます。
 では次です。

 【講評2】
 
私は腕時計です。クォーツ式なので体の中に埋められた電池で体を動かします。電池を入れると水晶振動子に電圧がかかると一秒間に三万二千七百六十八回振動します。その振動は信号となって電子回路に磁力が伝えられ、磁力からモーターが動き、歯車を伝わって長針と短針を動かし、時間を表します。
体の仕組みは複雑なので自分ではよく分かりませんが、体の感覚を研ぎ澄ますと水晶振動子がチチチチ、と素早く微かに動いていることを感じます。

 これは、厳密に書くなら「クォーツ式でバッテリー交換式の腕時計」となりますね。世の中にはクォーツ式やバッテリー交換式以外の腕時計が沢山ありますから。
 で、「電池を入れると~電圧がかかると~」って、続くのは変ですね。因果関係がわからなくなります。「電池を入れると、水晶振動子に電圧がかかり、一秒間に~」と文章を切り分けないといけない。あとこれ、動作の開始から説明するのなら、初めて腕時計に電池を入れて回路に電流が流れ始めるところから説明したほうがよかったんじゃないかな。
 あとの文章もひとまとめにしているせいで因果関係がわからなくなっていますね。一つずつ区切りましょう。「振動が信号となる」「信号が電子回路に伝わる」「電子回路から磁力が生じる」「磁力がモーターを動かす」「モーターが歯車を動かす」「歯車が長針と短針を動かす」「二つの針が時間を表す」
 わらしべ長者の持ち物みたいに、ある物からある物へと変化していくさまを、きちんと書く。
肝心の水晶振動子というものがなぜ用いられているか。時間の誤差を極めて少なくすることができるから。常に振動する回数が同じであるから。といった説明もほしかった。
 今回の課題は、あるものの機能と構造について、それ自体に語らせることですから、
「体の仕組みは複雑なので自分ではよく分かりません」
 これやっちゃ駄目ですよ(笑)。今回の課題においてはね。
 最後に「動いていることを感じます」と突然主観が出てくる。日本語はこうなりがちです。構造という客観的なものを語っているのに、「すばやくかすかに」などと主観的な表現になってしまっているんです。このことについては今回の講座で詳しくお話ししますね。
 では次。
 
 【講評3】

僕は生粋の国産消しゴム。紛らわしいけどゴムじゃなくプラスチック製。欧米では今もゴム製が一般的だけど驚異的に消し味悪いの。1770年まで字消しとして使われてたパンよりマシだけど。
僕がなぜ鉛筆の字を消せるか知ってる? 実は僕本体のプラスチックに染み込んだ可塑剤のおかげ。可塑剤は鉛筆芯の黒鉛と結びつく力が強いから、掃除機がゴミを吸い取るみたいに芯粉を吸着して字を消すんだ。今では何百種類もの国産消しゴムがいるけどほとんどがプラスチック製で、どれも高度な技術の結晶なんだよ。

 
 大変テキパキと説明していますね。
「実は僕本体のプラスチックに染み込んだ可塑剤のおかげ。」
 一文を独立させて、可塑剤を初登場させている。ゴムとかプラスチックの話題から、別の話題に移る。こういうときは文章を独立させたほうがわかりやすい。
 掃除機がゴミを吸い取るみたいに「芯粉を吸着して」字を消すという、消しゴムの機能を端的に説明しています。
「今では何百種類もの国産消しゴムがいるけど」
 一人称を意識して、「ある」ではなく「いる」にしていますね。
「ほとんどがプラスチック製で、どれも高度な技術の結晶なんだよ。」
 高度な技術の結晶がなんであるか曖昧にしていない。可塑剤の機能についてきちんと説明した上で、これが高度な技術なんだよ、と説明ではなく評価として書いている。大変よくできた文章です。
 また、この「芯粉」「吸着」「可塑剤」など、一般的ではない言葉を使うたびに、「鉛筆の芯の黒鉛と結びつく力が強い」とか、「掃除機がゴミを吸い取るみたいに」とか、一般的なたとえを使って説明している。これが文章をわかりやすくさせている。文章構成も、キーワードの選び方もたいへん巧みですね。
 さて。消しゴムが来たと思ったら、今度は万年筆が来ました。
 
 講評4
 
我輩は万年筆である。書くのが仕事だ。ペン先が常にインクで行き渡るよう、使ったインクと同じ分だけ空気を腹の中に送る。細い管を通ってインクがペン先に伝わっていくのを感じると、いかにも仕事をしているように思える。我輩の楽しみはインクが補充されるときだ。古いインクが吐き出され、ペン先をインク壺にどっぷりと浸される。尻を締められ、腹の中いっぱいに吸い上げられる。何と心地の良いものか。インクの補充は我輩が仕事をした証だ。

 
 まずですね、万年筆は書かないですね(笑)。書くという使う側の動作の跡を残すのが万年筆の仕事ですね。ちなみに線を引いたり記号をつけたり落書きをしたりすることもできるはずです。機能を限定してわかりやすく説明しようとしているのでしょうが、いまいち対象を客観視できていない。万年筆を使う自分の主観になってしまっている。
「ペン先が常にインクで行き渡る」
これは「ペン先にインクが常に行き渡る」じゃないとおかしいですね。わかります? 「常にインクで」だと、インクによってペン先のほうがどこかに運ばれることになってしまいます。
「細い管を通ってインクがペン先に伝わっていくのを感じると、いかにも仕事をしているように思える。」
 ここでも構造や機能を説明しているかに見えて、「感じる」「思える」と主観で片づけてしまおうとしている。とにかくわかって、という漠然とした理解を求める文章です。そして、「我輩の楽しみはインクが補充されるときだ。」と万年筆の喜びについて語り始める。
「インクの補充は我輩が仕事をした証だ。」
 これ、必ずしもそうとは限らないですね。ただインクを無駄にしたあと補充したのかも知れない。万年筆とインクの関係を機能と構造から説明すべきところを、万年筆がインクに満たされる喜びを書いて課題の目的からずれてしまっています。
あと、尻ではありませんね。ペンのどちら側が頭なのか? 一般的にはペン先の逆が頭です。上に来るほうですね。となると尻はペン先になってしまう。ペン先を締められることになる。ある物のどの部分が、どう呼ばれているか、気を配って描写しましょう。
 はい、次。
 
 講評5
 
 私は足踏みミシンです。体が無骨な鉄のかたまりでできているのは、理由があるのよ。重くて頑丈だからこそ、ぶれずに正しく針を高速で往復することができるというわけ。それから電気を使わずに動かせるというのは、いかにも「」らしいことね。最近の道具はスイッチを入れて動かすものばかりで、どう動いているか仕組みが分からないものが多くなってきたけど、私が動く仕組みは「はずみ車」の役割がみそね。私を動かしてみるとちょっと感動するかもよ。私が動いている姿は蒸気機関車に似ているって言われたこともあるわ。

 
 特殊な構造によって実現する機能、つまり正しく針を高速で往復するということを書こうとしていますね。
「それから電気を使わずに動かせるというのは、いかにも「」らしいことね。」
 ここは書き忘れかな。ここののちに出てくる「はずみ車」と対比するつもりだったのでしょう。
「私が動いている姿は蒸気機関車に似ているって言われたこともあるわ。」
 はい、ここ。蒸気機関車のどの部分に似ているのか? 蒸気機関車といった巨大なものをたとえにする場合、車輪なのかボディなのか煙突なのか燃焼炉なのか、ちゃんと書かないといけません。人によって連想が異なり、比喩にならなくなります。
 また「」と対比されるべき「はずみ車」が重要であることを、先ほどの消しゴムにおける可塑剤のようにきちんと説明をしなければいけないんですが、「みそね」だけで終わらせてしまっている。機能も構造も、知らない人にはよくわからない。
「最近の道具はスイッチを入れて動かすものがばかりで、どう動いているか仕組みがわからないものが多くなってきたけれど」と、すごく複雑だからどう動いているのかわからないものに対して、「私」の場合は「はずみ車」というものがあって、仕組みがわかりやすいのよ、という文脈であるにもかかわらず、説明されていない。
実際に動かしてみればわかるわ、だから私はこれ以上説明しないわ、と言っている。これも今回の課題の趣旨から、ずれてしまってますね。
 
 講評6
 
 僕らはストーリーキューブス。知育玩具の世界じゃちょっとしたスターだ。
 僕らは9人一組で、全員同じ大きさの立方体でできている。サイコロを想像してくれれば概ね間違いない。ただ僕らの体には数字の代わりに魚や月や車なんかの絵が刻印されている。
 使い方はこうだ。まず君は僕らを手にとって転がす。出た目が「お題」だ。君は「お題」のすべてを使って自由に物語を紡ぐ。以上だ。勝ち負けや優劣はない。まあ君がいつか職業作家を目指すならおそらく話は別だが…やめておこう。今はとりあえず、楽しんで。 

 擬人化なので9人一組と。正しくは「全員同じ大きさの立方体だ」ですね。
立方体と呼ばれる素材は存在しません。わかりますか? 「立方体でできている」というと、立方体をした何かで作られていることになる。じゃあその立方体は何でできてるんだとなってしまう。単純に全員が同じ大きさの立方体なのだと断言しないと、意味が通じなくなります。
「サイコロを想像してくれれば概ね間違いない。」
 と言っており、つまりサイコロですね。
 一般的に、各面に一つから六つの目を刻印したサイコロがイメージされるでしょうから、数字が刻まれている、というと読み手を混乱させるでしょう。「1」「2」「3」と「数字が刻まれている」サイコロはレアです。なぜかわかりますか? 数字は向きによって意味が変わる可能性があるからです。6が9に見えたりしますからね。だから点で数を示す。数字を刻印するときは下線を加えてどちらが下か示す。また、トランプは誤読を避けるため上下に数字を印字します。
 さておき。
「魚や月や車なんかの絵が刻印されている。使い方はこうだ。まず君は僕らを手にとって転がす。」
 ここは二人称での呼びかけを用いて、説明がわかりやすくなるよう工夫しています。
「出た目が「お題」だ。君は「お題」のすべてを使って自由に物語を紡ぐ。」
 お題のすべてということは、ようは9人一組だから、9つ同時に使って物語を紡ぐということなんでしょう。けれども具体的に「僕らのうちいくつ同時に手に取るのか」「順番に一つずつ転がすのか」といったことが書かれていない。
 知育玩具であるので、優劣を競うものでは無いんだよ、という結論になっていますが、それは評価の問題で、使い方をもう少し説明しましょう。大事なのは、機能と構造を説明すること。構造の説明はあるんですけれども、機能がちょっと足らない。
 では次。
 
 講評7
 
おう、わいや。わい、ガスコンロや。
お前ら、わいの仕組み、知っとるか? 知らん? ほな教えたろか?
わいを使うときは、まずボタンを押すな? ほいで、点火プラグから火花が出る。ここまでは、お前らも知っとるわな? 問題は、その後や。点火プラグのそばには、「炎検知器」ちゅうもんがあって、その先端が加熱されることで電磁石式のバルブが開く。この開いたバルブからガスが出て、火が付くっちゅう仕組みや。
噴きこぼれや風で火ィが消えると、この炎検知器の温度が下がる。ほな、今度はバルブが閉まって、ガスが止まるんや。どや。ようでけてるやろ?
 まさにここがアツアツポイントなんや。コンロだけにな。

 
 突然、親近感のあるガスコンロが登場するわけですけれど(教室・笑)。教育番組などによくある文脈で、大変うまくできています。知ってる? 知らん? なら教える、と。教えてほしいとは一言も言ってないけれども、ほな教えたろうか、と来る。
 そのあとの説明も大変素晴らしい。因果関係が明らかで、機能と構造を次々に解き明かしています。
「問題はその後や」
良いですね。ここでキモですよ、と注意すべきポイントを明らかにしています。第一回の講義にならえば、「ここにゴリラがいるぞ」と示しているわけですね。
「この開いたバルブからガスが出て、火が付くっちゅう仕組みや。」
 ここでちゃんと句読点を打ち、一文を前後に切り分けている。「ガスが出る」「火が付く」という現象を、一つずつ理解しやすいかたちで説明しています。
 点火プラグ、炎検知器、電磁石式のバルブが段落ごとに登場するのも素晴らしい。
 しかも、オチまでついている。アツアツポイントというのはヒットした『カメラを止めるな』という映画に登場するフレーズです、という注釈つきでした(教室・笑)。
今回の課題の要点は映画のワンシーンを拝借することではないので、そこは割愛しますが。会心のオチだったでしょうから言及させていただきました。
 この文章の優れている点は、呼びかけをしながら、既知と未知を織り交ぜているところです。ガスコンロがどういうものか、多くの人は仕組みを知らないだろう。ボタンを押す、ここは知っているだろう。点火プラグから火花が出る、ここは知っているだろう。
点火プラグから火花が出る際の構造と機能も説明できるとますますよかったんですが。ともあれ、一般的な知識に対し、炎検知器というものが存在していることは知らないだろうと、これがたいへん重要な機能を実現させているのだ、ということを強調する。それをアツアツポイントと表現して、コンロだけにな、とオチもつける。いやはや、たいへん上手な文章だと思います。
 
 
 講評8
 
私は手動のコーヒーミルです。
私の内部には、上に向かって螺旋状に彫りを入れたドレスのスカート部分に似た内臼と呼ばれるところがあり、ハンドルを回すことで内臼が回転し、豆を砕くことが出来ます。
私はひょうたん形のボディをしており、上部の漏斗型の内側が、尖塔の様に隆起しています。尖塔の先端部に空いた穴から、内臼とつながった棒が繋がって伸びており、ナットで調整することで、内臼とその外側の外臼との間隔を変えることができます。粗挽きから細引きまで、用途にあった挽き方に変えられます。
私は酸化しにくい素材でできていますが、コーヒー豆からの油と微粉をそのままにしておけば、次に挽く時には混ざってしまい、コーヒーは不味くなってしまうでしょう。こまめに洗浄することで、大事に扱って欲しいです。

 
 ここで「手動」と言っているのが親切ですね。私はコーヒーミルです、だと手動なの? 電動なの? となってしまいます。私は腕時計ですというだけでは、いろんな腕時計を連想してしまう。こちらは最初に対象を限定してくれています。
ただそのあとが不親切ですね。
「私の内部には、上に向かって螺旋状に彫りを入れたドレスのスカート部分に似た内臼と呼ばれるところがあり、」
 「内部に」「上に向かって」ここでもう構造がややこしくなる。どこから上に向かっているのか、そもそも内部構造がよくわからないので想像しにくい。
 螺旋状、彫り、ドレスのスカート部分、に似た、内臼、と呼ばれる。
 ポイントがやたら多いせいで、いまいち構造がつかめない。
 そんな調子がずっと続くものだから、どうにも読みにくくなっている。
そして豆。突然出てきて砕かれた印象です。機能と構造をまとめて書こうとするから、かえって伝わりにくくなるんですね。もっとゆっくり説明しましょう。
 上、内部、隆起など、次々に出すと読み手が混乱してしまいます。旗揚げゲームみたいなものです。一つ一つは単純な指示でも、「右左右右左」などと矢継ぎ早に言われると戸惑うのと同じです。
「内臼とつながった棒が繋がって伸びており、」
 何がどこに繋がっているのか? 繋がった繋がったと二回続いてしまっている。
 粉をひくときに内側の臼と外側の臼の間隔を変化させることで、大ざっぱに砕くか、粉になるまで砕くかを選べるんだよ、ということを言いたいのでしょうが、わかりにくい。
 説明書にありがちですが、一度に全部説明しようとするせいで、専門用語、特殊な用語が多くなる。そうなると一般的には矛盾すると思われるような文章を書いてしまう。「内側で隆起」ってどういうこと? ジンギスカンの鍋みたいなの? みたいな。
粗挽き、細挽きもある種の専門用語なのでわからない人には説明が必要です。これ「細引き」とありますが「細挽き」でいいのかな。
「私は酸化しにくい素材でできていますが、コーヒー豆からの油と微粉をそのままにしておけば、次に挽く時には混ざってしまい、コーヒーは不味くなってしまうでしょう」
 ここですね、二点ありまして。
まず、私は酸化しにくい素材でできているからなんなのか、書かれていない。コーヒー豆由来の油と微粉をそのままにすると、次に挽くときには混ざってしまい、コーヒーはまずくなると。ここで味覚について言及され、どうやら酸化してしまうとコーヒーがまずくなってしまうのかな、と推測することはできる。ただこれは最初に説明すべきことですね。コーヒー豆に余計な香りや味をつけないために私は酸化しにくい素材でできているから安心です、とか。ただしコーヒー豆から出てくる油や粉をそのままにしておいたら、それらが酸化し、次に挽いた粉とまざってしまうので、結局まずくなってしまいますよ、と。
二点目。何を大事に扱ってほしいのか?
コーヒー豆を大事に扱ってほしいともとれる。そうではなく、コーヒーミルをこまめに洗浄することが大事に扱うことになる、そうすればどんな豆でもおいしく挽けるだろうということらしいのですが、曖昧ですね。
一文一文が長くなると、主題がぼやけやすくなります。
逆に主題を見失わないために一番簡単なのは、一文を短くし、内容を単純にすること。日本語はなんでもかんでも足せるので、すぐ主題が見えにくくなります。
 では次。

 講評9
 
我が輩はタオルである。我が輩の役目は、触れた対象の水気を取ることだ。我が輩の身体は、柔らかくて吸水性のある布地でできており、身体の表面には細かな沢山の突起がある。この突起が、人や事物と触れたときに水分を吸収することで、触れたものを乾かすのだ。突起というのがポイントで、我が輩の身体が平面ではなく突起状となっているからこそ、事物と触れる面積が増え、一度により多くの水分を吸収することが出来るのだ。

 
 ひじょうにわかりやすいですね。触れる、対象、水気というキーワードを上手く紹介している。触れた対象を乾かすことだ、ではなく、触れた対象についた水気を吸い取ることだと具体的に書いてある。
 つまり乾くという現象を、水分がタオルへ移動することとして、わかりやすく書いている。ただし、「事」は無形なものですから、「事物」だと出来事の水分を吸収することになってしまう。人や物だけでいいと思います。
 突起という一般的に知られていないであろうことを最後にフォローして結んでいる。これも素晴らしい。
 では最後です。
 
 講評10
 
僕は霧吹き。毎朝主と共に窓辺に向かう。
「おはよう。」
主は植物に話しかける。彼らが元気そうだと嬉しそうに、萎れかけたりしていると心配そうに、僕のレバーをひく。
僕は頭部に貯めた水を気流で押し出す。水は噴き出し口で空気と混ざって霧となり、植物たちに降り注ぐ。レバーを戻す時、気流で気圧を下げて、ボトルに通じている管から次に使う水を吸い上げる。単調な作業の繰り返しだ。
だけど。サボテンの花が咲いた。ゼラニュームが大きくなった。主が喜んでいる。
この仕事も悪くはないのかもしれない。

 
 霧吹きではなく、持ち主の登場から始まるわけですね。これも教育番組などでよくある形ではありますが。しかし「彼ら」が何者かわかりません。「植物」だけだと複数なのか単数なのか、木なのか花なのかも不明です。
 しおれかけていると心配そう、とあるので、まあ花らしいと推測はできる。
 構造と機能はおおむね上手く説明していますが、ただ形状をもっとはっきり書くと、レバーの機能がしっかり説明できるかな。霧吹きから噴射される水が、どうして霧になるのかを説明しているんですが、そもそもなぜ空気と混ざるのかということを説明できるとよかったですね。小さな噴射口がいくつもあることで、押し出された水が粒子化し、空気と混ざりやすくなる、とか、この道具ならではの特性を強調してほしかった。
 あと、なぜホースでジャーッと水をかけず、わざわざ霧吹きを使うのかを語れるとよかったですね。「植物」という言葉だけでは、その辺りもわかりません。繊細な観葉植物の存在が語られていれば、霧吹きというものの必要性も説明できたでしょう。
 あとは、水を吸い上げる機能を構造とともに描写できていたらよかった。
 最後、主が喜んでくれるならいいや、と。
突然この霧吹きの機能がですね、主を喜ばせることに変わってしまっているんですね。先ほどの万年筆と同じです。感情を書くことで、なんとなくわかってねという書き方になる。実はこれが日本語の特徴の一つでもある。のちほど講座で詳しくお話しします。
 
 総じて、今回の課題はみなさん生き生きと書いていましたね。やっぱり日本人は物が好きなんですね。物に感情があると信じるのが好きといいますか。しかも早かった。あっという間に10本も20本も集まりました。引き続き、似たような課題を出したほうが、みなさんのモチベーション維持にはよさそうですね。
さて、講評はこれで終わりにして、今回の講座を始めたいと思います。

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