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さんかくのおさら

パスタを出した瞬間、当時もうすぐ4歳のふうか氏に泣き叫ばれた。
「チガウ!」と皿を落とそうとするので、おいおい違くねーよと皿を回避。
パスタは好きなはずなのに。最近イヤイヤも緩和してきたとおもったのに。勘弁してくれ。
「いらないなら別に食べなくてもいいよ。その代わりなんもないけど」
ギャン泣きの隙間に「ラーメン」と言った気がする。「ラーメンは昨日食べたじゃん。今日はパスタだよ」転がって泣き始めた。
「ママがふうちゃんのも食べちゃお〜」と言うと、「フウチャンガタベル!」とその気になることもあるのだが、今回は効果なし。
ダメだこりゃとおもって一人食べ始めると、「サンカクノオサラデタベル」と言い出した。
三角のお皿?そんなおしゃれな形の皿、うちにあるか?「そんな皿ないけどなぁ」海老反り泣き。もう知らんがな。
黙々と食べ進めていたわたしに、泣きながらもようやく立ち上がったふうか氏が近寄ってきた。その手がわたしの皿を掴む。あーあー今度はなんだよ。
「フウチャンモ、サンカクノオサラデタベタイ!」
そのとき、はじめて理解した。
三角と聞いて、わたしは上から見て三角のお皿を思い浮かべて「ない」と言った。
だが、ふうか氏は自分の目……つまり横から見てわたしのお皿を三角と言ったのだと。
要するにふうか氏は、
『ママと同じお皿で食べたい』
と言っていたのだ。
台所にもうひとつあるその器に盛り直してふうか氏の前に出すと、ふつうにチュルチュル食べはじめた。ニコニコ嬉しそう。
なんだ、中身じゃなくて器が嫌だったのか。
いつも食べているお皿に盛っていたし、お皿が違うこともざらにあったので気がつかなかった。
サンカクノオサラ。
面白いな……と感心したあとに、自分の嫌味ったらしい発言を思い返し、軽く自己嫌悪した。ふうか氏がイヤイヤ泣きすることに慣れすぎて、いかに説得するかばっかり考えて、それに疲れてしまって、なんだか時々見失ってしまうな。
いっぱい遊びたいだけなんだよ、とか。
一緒のことしたいだけなんだよ、とか。
余裕がなくなると、自分の気持ちにばかり目がいって忘れてしまう。
そのとき起こってることじゃなくて、根っこにある気持ちのこと、いつだって思い出せ。忘れたら思い出せ。応えられないときも、せめて思い出せ。
この思い出に『さんかくのおさら』というラベルを貼って、心の棚のよく見える位置に置いておく。

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