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「虫めづる姫君」(2)

 虫めづる姫君の不思議なところは、それだけではありませんでした。


「人というものは、何かを取りつくろってはいけません。
何も手入れせず、自然に任せるのがいちばんすばらしいのです」


そう言って、姫君はありとあらゆるお化粧をしませんでした。
眉毛のお手入れはせず、ぼーぼーのまま。
また、当時のおひめさまは、歯を真っ黒に塗る風習があったのですが、
「あんなものみっともないし、汚いわ」
そういって、まっ白な歯を見せて微笑みながら、一日じゅう、おぞましい虫たちを可愛がっているのでした。


 虫めづる姫君の両親は、「とても不思議で、変わった子だわ」とお思いになっておりました。両親がいくらそれとなく咎めても、虫めづる姫君は、毅然とした態度で、自分の考えを曲げないのでした。まるで彼女が正しくて、周りの人の考えが間違っているとでも言うように…。両親は彼女を愛していましたが、彼女の風変わりな趣味に、少し困っておりました。

 「まあそうは言っても…いかんせん、外聞が悪いのは困りものだ。世間というものは、見た目が良いものを好むものだ。『うちの娘は、気持ちの悪い毛虫を可愛がるようだ』と、もし人が聞いたらみっともないだろう」


 父親がそういって諭しても、虫めづる姫君はけろりとしています。

 「あら、そんなの全くどうでもいいわ。
あのね、お父様。あらゆるものごとは、いっちばん奥の奥の奥の部分にある、本当に大切なものを見てこそ、価値が分かるものなのよ。
表面だけの噂で判断するなんて、とっても頭の悪いことだわ。
毛虫だって、成長すれば蝶になるというじゃない」

 

そう言って、父親に可愛がっている毛虫を見せるのでした。
「絹だって、みんなが着ているものは、まだ羽も生えていない蚕から取り出したものでしょう。蚕が蝶に成長すれば、あなたたちはむだになったと思うじゃないの」
姫君のはっきりした物言いに、父は返す言葉もないのでした。

 それでも、毛虫を可愛がっていようが、眉毛はぼーぼーだろうが、虫めづる姫君も立派なお姫様です。当時の成人した女性は、結婚した男性以外には、顔を見せないのが常識でした。彼女も、両親には姿を見せず、几帳という布を隔てて、言葉を交わしていました。

 …こんな常識的な一面も、あったんですね。

二の巻へ!

最後までよんでくださってありがとうございました!🌟