これは、以前見た、夢の話。
僕は夢にありがちなどこだかよくわからない暗っぽい部屋に立っていた。
部屋を見回すとぽわっと明るくなった場所がある。
ここがどこだかは全くわからない。でも、恐怖はなく、その明かりがなんなのか、確かめずにはいられなくなった。
あかりの中には、一人の女性がいる。
顔はよく見えないが、、僕はこの人を知っている、そう思った。
そして、明かりの中にもう一人女が入ってくる。
この人は知らない人、そう、直感的に思う。
知らない女は、もう一人の女に歩み寄りそっと肩に手を当てる。
その手はスルスルと滑らかに滑り、もう一人の女を包んでいく。
そして、頬にそっと触れ、こちらを向かせた。
彼女は、、、そうだ、、、時子さん、、、。
僕は動揺した。
なんで時子さんが、、、。
こちらを向く時子さんの顔には動揺が伺えたが、拒むほどの強い意志はなかった。
女はそのまま時子さんを優しく撫でる。
そして、怪しい女は、僕の方を見ると、軽く微笑んだ。
時子さんと初めて言葉を交わしたのは、風の強い日にうちの洗濯物を拾って届けてくれた時だった。
「風に飛ばされた様で、、、もしかしたらこれ、貴方のものではありませんか?」
そう手渡されたタオルは、一人暮らしを始めたばかりの僕が洗ったものより、明らかにふわふわと心地よくなっていた。
「すみません、どうも。」
酷くぶっきらぼうに言ってしまった事に自分で驚いたが、それ以上何も言う事は出来なかった。
「差し出がましいかと思いましたが、お届けしたかったので。良かったです。」
何も言えず、愛想の無い僕に、時子さんは優しく微笑んだ。
残されたタオルからは玄関を開けた時に微かに時子さんから感じた香りと同じ匂いがした。
2回目にあったのは、夕方のスーパーだった。
会計を並ぶ列に時子さんを見つけた。
見つけたからと言って、特に声はかけず、自分の買い物を進めた。
僕が会計を終わらせて店を出ると買い物にでる時に降り始めた雨がまだ降っていた。
そして、入口をでたすぐ脇で時子さんが少し困った様に雨を見ていた。
どうやら傘がない様だ。
「あの、傘、ないんですか?」
そう声をかけると少し驚き、緊張した顔でこちらを見たが、すぐにわかったのか
「あ、あの時の」
と言った。
雨は止みそうもないし、僕は暇だった。
少しは濡れてしまうかもしれないが、僕の傘で彼女を家まで送ると提案した。
時子さんは大丈夫と言ったが前回の恩もあるのでと言い、一緒に彼女の家に向かった。
道すがら、来た時に降っていなかった雨が帰りに降るなんてと、言い訳の様に彼女はぽつりとつぶやいた。
家に着くと、あなたの肩が濡れてしまいましたね。良かったら上がってくださいなと言われた。
一軒家の中は綺麗に整えられていた。
時子さんはは僕にタオルを渡し、コーヒーでもいかがですか?と聞いた。
そんな風に他人の家でコーヒーなんて、いつもなら断るのに、不思議と受け入れてしまう。
あの時のタオルと同じ香りが少し緊張を和らげたのかもしれない。
彼女がコーヒーを淹れる間、部屋の中を見回す。彼女が見ているわけでもないのに、あまりジロジロとみるのは憚られ、さりげなく目線を、あちらこちらに向けた。
夫と住んでいる事は間違いないが、子供の気配はないためかやっぱり片付いている。
無機質で居心地の悪いとう意味ではなく、生活を感じる物はあるがどれも手入れをされている、そんな風に感じた。
そうしていると彼女がコーヒーを持って戻ってきた。
ふんわりといい匂いがする。
コーヒーに口をつけたが、話す話がない。
どうしたものかと思っていたらテーブルに一冊の本が無造作に置いてあるのが目に止まった。
「あ、これ。」と声を出したら、買い物前に読み終わりそのままにしてしまったのだと言う。
僕もその作家が好きで、でもその本はまだ未読だと伝えると、
「でしたら、お貸ししますよ。そして、良ければ感想を聞かせて頂けたら嬉しいです。読み終わって誰かとお話ししたいと思っていたんです」と言う。
連絡先を交換し、あの人の名前が時子さんだと知った。
その後はコーヒーを飲み終わり帰ったのだが、妙な事になったなと思った。
明確ではないが、会う約束をしてしまったと思った。
いつもなら、そんな約束、社交辞令。
ものを借りるなんて、ただ面倒なだけなのに、不思議とそんな気持ちにはならなかった。
それから、何度も時子さんの家に行った。
最初こそ、本を返すやら、実家から送ってきた野菜消費に困ったやら、理由をつけていたが、最近は特に理由もなくうちに行く様になっていた。
いつも、こちらから前日の昼間に連絡を入れ、遊びに行く様にしていた。
そして、時子さんから誘いや連絡がある事はなかったが、予定が合えば彼女もそれに応じてくれていた。
「なんだよそれ、お前年上が好きなのかよ。」
大学の友人にその事を話したら、そんな風に返ってきた。
大方予想はしていた反応だが、実際言われたら嫌なものだ。
「いや、そう言うんじゃないよ」
「って言ってもいいよな、、何度も会うなんて、きっと美人なんだろ?いい事もあったんじゃないのかよ。」
「やめろよ、下品だろう。」
「お前、いっつもそうだよな。気取ってる、この前の女の子達にも塩だしな」
この前のと言うのは無理矢理連れて行かれた飲み会で会った女の子達の事だ。
それについては特筆すべき様な事はない。
簡単な挨拶、乾杯、なんと無しの会話、、、。
目の前の人間と話しているのに、自分には関係のない話が流れていく。
僕にはそんな風に思えた。
僕にとってはただその場合をやり過ごしたと言うだけだが、友人は「目の前の女の子に対してのもう少し、サービスした方がいいだろう。なんて言っていた。
もちろん、女性が嫌いなわけではないし、時子さんに好意が全くないと言えば嘘になる。
けれども僕は時子さんの清潔さが好きなんだ。
少し子供っぽいと感じるくらいの。
彼女は清潔で、家も時子さんに大事に手入れされたもので溢れていて。
肌を見せながら少し化粧の崩れた赤ら顔で、すり寄ってくる様な同世代の女とは違う。
僕の前でも、楽しそうに本の話や、最近や昔見た映画の話、そんな事ばかりを話す。
そう、時子さんは違う、時子さんはちがうんだ。
この友人にその事などわかるはずがない。
僕は知っている、彼がトイレに立った時にあの女の子とキスをした事を。
そんな、彼らとは違う、わかるはずもない。
俗物にまみれた、欲に溺れる様な、、、時子さんは違う、、、時子さんは違う、、、。
その後、現世と夢の狭間で僕が見たものはいったい何だったのか。
江戸川乱歩の芋虫に重ねて届ける物語。
これは友人Aちゃんが緊縛朗読劇のために書いてくれたものです。内容は江戸川乱歩の小説「芋虫」のオマージュです。
今回、アルカディアさんの周年に参加させていただくにあたって「物語を知っていてもらった方が興味を持ってもらえるかも?」と、文章をアップしました。
大阪でお会いする皆様、共に倒錯の世界へ落ちていきましょう。
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