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宇津保物語を読む9 内侍のかみ#15


仲忠、妹の梨壺の局で、女三の宮と語る

 かくて、立てるほどに、中将殿てんじやうに参りて、仁寿殿の御前に候ひたまふ。上御覧じて、
(朱雀)「いかにぞや。かのいひしことは」と問はせたまふ。
仲忠、「まだ乗物ながらなむ」と奏す。
帝うち笑ひたまひて、(朱雀)「さらばかけもの許す」と仰せらる。
 仲忠、御こたへして立ちて、かの妹の君の東宮に候ひたまへる御局にまうでて、君は上におはすれど、母宮ぞおはする、この大将、さばかりいみじき御仲におはせしかど、この北の方につきたまひにしより、あたりにも寄りたまはず、わづらひたまひて、御娘を東宮に奉りたまひて、これをかしづきものにて、内裏うちにのみなむおはしましける、そこに中将参りて、
(仲忠)「いかで人々にも取り申さむ」と、御簾のもとにていふ。
皇女みこ、(女三宮)「たれぞや」と口づからのたまふ。
「仲忠」と聞こえて、
(仲忠)「いかで、人だまひならむ御几帳賜はらむ。にはかに里へ取りに遣はすがなむ」。
宮、(女三宮)「いときたなげなりともやは」とて、
(女三宮)「月ごろ、若き人の一人候ひたまへば、うしろめたさにここに侍るを、こと人はさもこそうたまはざらめ。そこにさへいと疎くこそ思したれ」。
仲忠、「あなかしこ。宮に候ひなどするをり侍れど、ここにおはしますらむといふこと、え承らずなむはべりける。さるは、一日も一条殿に参りて、御方に候ひしも、中のおとどに候ひて聞こえさせしかど、院になど承りしは、ここにこそおはしましけれ。かしこけれど、姫君など宮に候ひたまへば、数ならず思さるとも、世の人の親しく候はむよりは、心殊に思ほさむなむ、いとうれしくはべるべき」。
宮、(女三宮)「さらにものたまふかな。この候ひたまふ人は、親も思ほし忘れたまふめれば、世の中にあはれに心細げなる人なめり。同胞はらからも何につけてか思さむ。なほあはれなるものの心苦しきに思ほして、とぶらひたまへかし」。
仲忠、「あなかしこ。さらに仰せごとなくとも、聞こえさすまじきほどならばこそあらめ」など聞こえて、
(仲忠)「ことごとに取り申さむとするを、急ぐこと侍ればなむ」とて急ぎて立つ。
その御つぼねより、はなれう帷子かたびらかけたる三尺の几帳二よろひ賜はりて、母北の方の御もとへ持て行く。

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして、人々を待機させたまま、仲忠は参内し、仁寿殿の帝の前に進み出る。
帝はそれをご覧になり
「どうであった。例の件は」とお尋ねになる。
仲忠「車に乗ったまま待っております」
帝は微笑んで「では、交渉成立ということだな」とおっしゃる。
 仲忠は帝とのやり取りの後、妹にあたる東宮女御の局に向かった。
女御は東宮のもとに参上して留守であったが、かわりに女御の母宮がいらっしゃった。
 この母宮はもともと父右大将とは親密な関係だったのだが、父が仲忠の母と暮らすようになってからは、訪れることも少なくなり、心労重なり、娘が東宮の女御となったことをきっかけに、お世話をするという口実で内裏にばかりいらっしゃるのであった。
そんな母宮の所に仲忠が参上し、
「お取り次ぎをお願いします」と御簾の近くで声をかける。
母宮自ら「どなたですか」と返事をする。
「仲忠です。どうか予備の几帳をお貸しいただけないでしょうか。急に邸に取りにいかせるのも何ですので。」
母宮「汚いのしかないけれど、それでいいかしら。
ながらく若い娘ひとりが参内しているのが心配でここにいるのですが、もう誰も尋ねてくれる人はいませんわ。あなただってずいぶんとご無沙汰しているじゃないの。」
仲忠「恐縮です。東宮にお仕えしておりましたが、母宮がこちらにいらっしゃるということは存じ上げませんで。以前も一条殿にうかがいましたとき、中の御殿に行ってご挨拶しようとしたのですが、その時は嵯峨院にいらっしゃるとうかがいましたが、……ここにいらしたのですね。恐れながら女御様が東宮にお仕えしていらっしゃるので、私のことを数にも入らぬ者とお思いでしょうとも、世の親しくお仕えする他の者たちよりもよりは、心にかけていただければ幸いです。」
母宮「当たり前じゃあありませんか。ここで仕えております娘は父親からも忘れ去られているようですので、宮中でも肩身の狭い思いをしております。私の姉妹たちもどう思っていることだか……。不憫と思って下さるなら、どうぞ訪ねてあげてくださいまし。」
仲忠「もったいないことで。そのようなことをおっしゃらずとも、何の支障もない兄妹の間柄ではないですか……。
しかし、いろいろとお話ししたいこともございますが、今日は取り急ぎ用事もございますので」
そういって席を立つ。
 御局から花文綾の帷子をかけた三尺の几帳2具いただいて、母北の方へと持って行く。


母を車から降ろすために、几帳を借りに行き、そこで父兼雅のもう一人の妻、嵯峨院の女三の宮(母宮)と会う。

女三の宮は女御を生みつつも兼雅とは疎遠となっている。原因は仲忠親子のため。
今まさに帝のお目にかかろうとする母北の上と、夫からも忘れ去られている女三の宮。
酷な対比である。

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