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宇津保物語を読む9 内侍のかみ#8

前回はアップの順が前後しましたが、今回は節会の祝勝会の続きです。朱雀帝の琴演奏のお召しから逃げ出した仲忠が、藤壺(あて宮)のところに逃げ込むところからつづけます。


仲忠、帝のお召しを逃れて藤壺に隠れる

 隠れどころも覚えず、いかで人に知られじと思ひ、藤壺に、東宮に候ひたまふ大将殿のあて宮の御つぼねに、隠るる時に、たち、「こはなぞの御隠れぞや」など笑ひいふ。
仲忠、「ただ今わづらひにて侍り。えまかでで、せめて隠れどころを求むるに、ただここに候はむのみなむ心安かるべき」。
ひやう、「あなむくつけや。あやまちしたらむ人をば、いかでか隠さむ。いひかけもこそしたまへ」。
中将、(仲忠)「ほかに過つべきことも覚えず。ここにこそよろづのこと過つべけれ」。
兵衛、「『用なきもの、見えず』とかいふなれば、いづくにてかしたまはざらむ」。
いらへ、(仲忠)「さりとて、あはせに、あだならぬ人もあめりや」
とて、ちやうの中に隠れて、長押なげしに押しかかりて、ただあて宮のまへに候ひて、ものなど聞こえて、
(仲忠)「今日うへまうのぼりたまはぬ人は、いと罪深き心地こそしたまへ。さるめでたきことのありがたげなるを御覧ぜで。なほおぼろけにはあらじかし」。
上、兵衛の君して、いらへなどせさせたまふ。
(あて宮)「それ見過ぐすも、罪なきにはあらずかし」。
仲忠、「時々候ふに、あえにたるにやあらむ」とて、
(仲忠)「まめやかには、さばかり面白かりつるものを御覧ぜずなりぬる」。
兵衛、「この頃、悩みたまふことありてなむ。いづ方か勝ちたまひぬらむ」。
いらへ、(仲忠)「何せむにか問はせたまふらむ。左のつかさの中将には、仲忠侍らずや。いづ方にかはあらむ」。
兵衛、「さればこそはこなたにはあらじと思ほすめれ」。
いらへ、(仲忠)「心のうちは、よきそらごと人なりけり」などいふ。
(仲忠)「いとこそよく気なかりつれ。いでさも口惜しく御覧ぜずなりぬるかな。さるは必ずまうのぼりたまへらむと思ひたまへつるを。同じくいたす舞といへども、いと労ありてしはべりつるは、候ひたまふらむと思ひてこそあれ。御覧ぜざりけるこそ、いと夜の錦の心地すれ」。
兵衛、「ここにてやは、御手づから仕うまつりたまひて、御覧ぜさせたまはぬ」。
(仲忠)「いで何かは。合ふ手にしなしたまはば」などいふ。

(小学館新編日本古典文学全集)

 仲忠は飛び出したのはいいものの、なんとかして人に知られまいと思い、どこに隠れようか、あてもないまま、あて宮のいる藤壺へと向かった。
「これはこれは、なぜお隠れになるのですか?」
などと女房たちに笑われる。
仲忠「ちょっと困ったことになってね。家に帰るわけにも行かず、どこか隠れる場所はないか捜していたのですが、ここにいれば安心かと思ってね。」
女房の兵衛が答える
「まあ、恐ろしいこと。罪人をどうしてかくまうことが出来ましょう。言いがかりでもつけられたら大変ですわ。」
仲忠「別に過ちを犯したわけじゃないよ。こんな美人の中ならわからないけどね。」
兵衛「『用なきもの見えず』とも申しますもの。別の場所で罪づくりなことをなさったのでは。」
仲忠「そんなこと言わないでよ。私はいたってまじめな人間なんだから。」
仲忠は、そういいつつ御簾や御几帳の中に隠れて、長押に寄りかかり、あて宮の御前に控え、お話をする。
仲忠「ずっとここにいたのですか。今日の節会に参上しないとは、ずいぶんと罪深いお方だ。このようなめったにない立派な催しをご覧にならないのは並の罪ではございませんよ。」
あて宮は兵衛を介してお返事なさる。
あて宮「では、それを最後までご覧にならないあなたも、同罪ですわね。」
仲忠「それを言われると返す言葉もない。」
兵衛「このごろ奥様はお加減が悪いのですよ。で、相撲はどちらが勝ったのですか。」
仲忠「聞くまでもないでしょう。左衛門府の中将はこの私ですよ。わかりきったことですよ。」
兵衛「ですから、左ではないだろうなと思いましたけれど。」
仲忠「あなたは口が達者だ。まったくそんな風には見えなかったけれど。でもまあ、節会をご覧になっていただけなかったのは残念ですよ。絶対に来ていただけるものと思っておりましたのに。同じ舞を舞うにしても、心を込めて舞いましたのは、あなたがきっとご覧になっているだろうと思っていたからです。見ていただけなかったのならば、「夜の錦」のような気分ですよ。」
兵衛「ではここで舞って、お見せくださいな。」
仲忠「お相手いただけるなら造作もないこと。」


あて宮がいると知ってか知らずか、富士壷に隠れる仲忠。
己の晴れ舞台を見てもらえなかったことの不満を漏らす。

仲忠、藤壺で兵衛の君と語り合う

 かくて、もの聞こえたまひ、よろづのことをいひ居たれば、上、兵衛していらへさせたまふ。
中将、(仲忠)「うどなどこそはありといふなれ、まかり渡るとも思はぬに、あやしくもあるかな」。
いらへ、(兵衛)「されども、独楽こまつぐりはた遊ばす、上手におはしませばにこそはあれ」
などいふ折に、夕暮れになりぬ。秋風いと涼しく吹く。
中将、
  秋風は涼しく吹くをしろたへ
など、御前なるしやうの琴をかき鳴らしなどす。
兵衛、「されば頼み聞こゆる人もあらむかしな」。
中将、(仲忠)「ここならでは、いづくをかは」。
いらへ、(兵衛)「されど、『野にも山にも』とこそいふなれ」。
中将、(仲忠)「それは、嵐ならむや」。
兵衛、「されど、山風とこそ聞こゆなれ」。
中将、(仲忠)「されど、今はみならしになりにたりや」。
兵衛、「むべこそは、声の空に聞こえけれ」。
中将、(仲忠)「まづ先に立つ、とてなむ」。
ひやう、「春ごろより聞こえざりつる御好きぞかし。いかでならむ」。
中将、(仲忠)「秋霧の上には、いかが聞こえざらむ」。
兵衛、「それが晴れずのみあらむこそ見苦しけれ」。
中将、(仲忠)「そよや、尽きせぬこそいとわびしけれ」。
兵衛、「宿貸す人はあらむを、あいなき御ことなりや、などなむ」。
中将、(仲忠)「されど、東宮よりは帰さるめるを」。
兵衛、「それは、雲の上には御宿りあり、とてなむ」。
中将、(仲忠)「それをまかり過ぎしは、月影にも御覧じけむ」。
兵衛、「それこそはしら雲なれ」。
中将、(仲忠)「いで、まことは、まめやかなることをこそ聞こえさせめ。月日などはえこそ侍れ。え思うたまへ定めぬことの、年月に添へてまさるをばいかがせむ。つひに御覧じ知らじとやすらむ」。
兵衛、「この頃は、月に添へては思ほしえずやあらむ。つごもりになりにけるは」。
(仲忠)「いで、さてはありけもしるからむかし。あやしくまめごと聞こゆれば、そらめきおはするかな。いなや、君を聞こゆるにはあらず。あいなきかいもとかな」などいひて、
(仲忠)「世の中にわびしきものは、独り住みするにまさるものなかりけり。あが君や、思し知らななむと聞こゆるは、わりなかりけり。今は、『ふ手もたゆくくるしたひも』と聞こえさするも、いとなむかひなき」。

 仲忠の言葉に対し、あて宮は兵衛を介してそれにお答えになる

仲忠「高麗(こま)人などは通訳が必要ですけど、外国に来たわけでもないのに、直接話が出来ないのはどういうことかなあ。」
兵衛「ですから、こま(独楽・高麗)をなさっているのよ。上手に独楽を回しておりますわ。」
などといっているうちに、夕暮となった。

秋風が涼しく吹く。

 (仲忠)〽秋風は涼しく吹くを 白妙の 

などと、御前にある箏の琴をかき鳴らしたりする。

兵衛「そうお歌いになるのは心に決めた方がいらっしゃるのですね。」
仲忠「こちら以外に、どこにいるものか。」
兵衛「ですが、『野にも山にも』といいますでしょ。」
   (うち頼む人の心のつらければ野にも山にもいざ隠れなむ)
仲忠「それは嵐のことですよ。」
   (山里に住みにし日よりとふ人も今はあらしの風ぞわびしき)
兵衛「でも、山風と聞こえましたわ。」
   (吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ)
仲忠「しかし、今はみな木枯らしとなってしまいましたよ。雁の声(あて宮の声)が聞こえないかなあ。」
   (木枯らしの秋の初風吹きぬるをなどか雲居の雁の声せぬ)
兵衛「確かに。空を渡る雁の声がしましたわねえ。」
仲忠「『まず先に立つ』ということかな。」
兵衛「そういえば、好色なお便りが、春の頃からありませんでしたが、どうしてですの。」
仲忠「秋霧の上で鳴いていましたよ。聞こえませんでしたか。」
   (春霞かすみて往にし雁がねは今ぞ鳴くなる秋霧の上に)
兵衛「その霧が晴れないのは見苦しいことですわね。」
仲忠「そうですね、尽きないことが切ないのです。」
兵衛「あなたのためなら宿を貸す人もたくさんいるでしょうに、お気の毒様。と奥様が」
仲忠「でも、ここ東宮御所からは帰されそうです。」
兵衛「それは雲居(宮中)にお宿があるからでしょ」
仲忠「そこを通り過ぎた姿は、月影に照らされてご覧になったでしょ。」
兵衛「それこそ『白雲』ですわ。知りませんわよ。」
  (白雲に羽うち交はし飛ぶ雁の数さへ見ゆる秋の夜の月)
仲忠「いやいや、本当は、まじめな話をしに来たのです。
月日などというものは過ぎてしまえばどうということはないが、決心のつかない思いが、月日に添えて増さるのはどうしたらよいか。いつまでも知らぬ存ぜぬとしらを切るおつもりか。」
兵衛「今は月末ですから。月に添えてというのは理解できませんかと。」
仲忠「じゃあ、有明ならわかるでしょ。まじめな話をすれば、とぼけたことをおっしゃる。いや、あなたのことではありません。気の利かない付添人だ。」
などといいつつ、
仲忠「この世でわびしいことは、独身にまさるものはありません。あが君よ、わかってほしいと願うのは、つらいことです。今となっては
『(思ふとも恋ふとも会はむものなれや)結ふ手もたゆく解くる下紐』
と申し上げても、かいのないことです。」
(下紐が解ける=相手が思ってくれている)


あて宮の言葉を兵衛が仲介して伝えているので、
兵衛の言葉は、あて宮の言葉でもが、都合の悪いことは兵衛がごまかす。

引き歌による会話のキャッチボール。
仲忠の必死さが伝わる。
応ずる兵衛も、何とかいなそうと頑張る。

ついには「まじめな話~」と仲忠もしびれを切らす。

仲忠、あて宮と語り、歌を贈答する

 あて宮、からうじていらへたまふ。
(あて宮)「下紐解くるは朝顔に、とかいふことある」。
中将、(仲忠)「同じく吹かば、この風も、もののえうにあたるばかりになりなむ」とて、
 (仲忠)「旅人のひもゆふ暮れの秋風は
  草の枕の露も干さなむ
涙のかからぬ暁さへなきこそ」。
藤壺の御いらへ、
(あて宮)「あだ人の枕にかかる白露は
  あき風にこそ置きまさるらめ
忘れたまふ人々も、なうはあらじかし」。
中将(仲忠)「まだこそなけれ。
  木の葉をも宿にふるさぬ秋風の
  むなしき名をも空に立つかな
しるきこともあらじものを。いづれかあだ人ならむ」。
藤壺、(あて宮)「吹き来れば萩の下葉も色づくを
  むなしき風といかが思はむ
まめやかにも見えずかし」。
中将(仲忠)「それはおもとにならむかし」とて、
 (仲忠)秋風の萩の下葉を吹くごとに
  人待つ宿はことさやぐらむ
藤壺、うち笑ひたまひて、
 (あて宮)まがきなるをぎのあたりを吹く風の
  いさやそよともいかが答へむ
中将(仲忠)「いでや、もどかしうこそあれ。
  吹きわたる下葉多かる風よりも
  われをこちてふ人もあらなむ」
と聞こゆるほどに、仁寿殿より仲忠をせめて求めさせたまへど、さらになし。
(朱雀)「まかでやしぬる」と仰せらる。
陣にもまかづとも見えず。随身はあり、と聞こしめして、しひて求めさせたまふ。
(朱雀)「ただ今、左近のあくにて、になきしやうの声々いたすなりつるを、よにもまかでじ。まかでにたらば、召しにつかはせ」など仰せらるれど、さらになし。

 ようやくあて宮が返事をする。
「『下紐解くるは朝顔に』ということもあるでしょ。」
仲忠「同じように吹くならば、この秋風もあなたのお役に立つように吹きたいものです。」といって

 (仲忠)「空しく解けた紐を結ぶ、その夕暮の秋風は、
  旅人の旅寝の涙も乾かして欲しいものだ。

涙に濡れぬ暁などありません」
藤壺(あて宮)の返事

 (あて宮)「浮気者の枕を濡らす涙は
  秋風によっていっそう増さることでしょう

あなたがお忘れになった女性も多いことでしょうね。」
仲忠「そんな女性はいませんよ。

  木の葉さえも残さず吹き散らす秋風なのに
  無実の浮き名を立てたものですね

証拠もないのに、どちらが浮気者だか。」

(あて宮)「秋風は吹けば萩の下葉も色づくのに
  どうしてむなしい浮き名の風と思うでしょう

まじめな方とは思えませんわ。」
仲忠「それはあなたのことでしょう

  秋風が萩の下葉を吹くごとに
  男の来訪を待つ宿では、そわそわとしているようですね

藤壺(あて宮)はお笑いになって

 (あて宮)籬に咲くおぎのあたりを秋風が吹いても
  「そよ(どうぞ)」なんて答えるわけないじゃない。

仲忠「もう、じれったいなあ。

  吹き渡る荻の下葉の多い秋風よりも
  私のことを「こちらへ」と誘う人がいてほしい。

などと語り合っている

 一方、仁寿殿では仲忠を探すものの、いっこうに見つからない。
帝は「家に帰ったのかなあ。」とおっしゃるが、陣に戻った形跡もない。随身はまだいると聞いて、さらに探させる。
帝「さっきまで、左近の幄舎でみごとな笙の音がしていたが。まさか帰ったなんてことはないだろう。もし帰っていたら、呼びに行かせろ。」
などと命ずるもいっこうに見つからない。


ようやくあて宮と直接話をする。
「あだ人」のなすりあい。
男に対して多くの恋人のいる「あだ人」というのはよくあるとしても
女に対して使うのはどうかと思うが。

これも人妻相手の恋愛ゲームか

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