実忠、小野よりあて宮に長歌を贈る
訳
実忠の宰相も、あて宮が入内したと聞き、気を失ってしまった。父大臣はその夜のうちに坂本の小野という家にきて大願を立てよろずの神仏に祈り、泣き焦がれながらお祈りにると、なんとか息を吹き返したものの、以前のような元気もなく、宮仕えもせずただ茫然と過ごすようになってしまった。それでもやはり悲しく思われたので小野から兵衛の君宛に文を送る。
「このように消えようとする私の中で、
長年燃え続いている思いの火は
いつまでも消えることもないのです。
いつになったら心が安まる時が来るのでしょう。ああつらいことだ。」
と申し上げた。
あて宮はかわいそうにとは思うもののお返事はなさらない。
源宰相は悲しく思われたので、三月の末、このような長歌を送る。
言葉にすれば チリのように砕けてしまう 魂に
あなたへの深い思いを 抱いてから
入り江の床で 長い年月を過ごした鴛鴦(妻)が
列をなして飛ぶ 行方も知れず
鴛鴦の子(わが子)が 飛び立つ先も 思いもかけず
黄泉の国に 行ってしまったので
涙の川の中で 日々を過ごし
今や今やと 頼りにしてきた
あなたの思いも 今をかぎりと 諦めた日から
山里で 一人山々を眺めて過ごし
木々の芽が萌えるごとく 思いの火は燃え続け
満ちてくる潮のように 涙で袖は濡れるばかり
あふれるほどの涙の中に 海松藻(見る目)を求めても 見つからない
今は甲斐のない 思いがするものの
ただあなたへの名残惜しさだけが 悲しいのです
などと申し上げたけれどお返事はない。
このように返事も期待できないことであるが、あて宮への思いは決して忘れることは出来ず、折りにつけて文を送る。
出仕もせず東宮のもとにも参上せず、ただ物思いにふけりながら、山々をながめ暮らしている。
〔絵指示〕省略
実忠はかいかわらずあて宮への思いを捨てきれないでいる。
仲頼とは違い実忠に対しては、あて宮は返事をしない。ただ「あはれ」とは思ってくれたようだ。
実忠は長歌を送るが、実忠の妻も、以前「菊の宴」でわが子真砂子君の死を嘆いて長歌を詠っている。
語句的にも対応するものがあり、対をなしているとも言えるが、妻の歌は純粋にわが子の死を悲しむ歌であるのため、その思いの深さには比べようもない。
あて宮は妻の歌も知っていたであろうから、その思いの深さに実忠の軽薄さを読み取ってしまったのかもしれない。
せっかくなので妻の長歌を引用する
実忠の妻の長歌