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宇津保物語を読む8 あて宮#8
仲澄、あて宮に贈歌し絶命 あて宮の悲嘆
かくて、侍従の君も、参りたまへりし日、なくなりたまひにしかど、御消息にかかりてありつる、御思ひは月日に添へてまさり、身は弱くなりつつ、え堪ふまじく覚ゆれば、あて宮にかく聞こえたまふ。
(仲澄)「いひ出でてもつひにとまらぬ水の泡を
みごもりてこそあるべかりけれ
かくまで聞こえであるまじく覚えしかば、聞こえ初めて。侍らざらむ世にも思し出でむこそ、いともいともいみじう厭はしければ。いでや、あが君の御ためには、身のいたづらになりぬるも思ひたまへず、今一度の対面賜はらずなりぬるを思うたまふるなむ」と聞こえたり。あて宮、見たまひて、あるが中にいかでと思ひ聞こえし人の、あやしき心の見えしかば、つらしとはおぼえたまひしかど、かう心細くのたまへること、心憂く、などこの君にしも、かく思されけむ、など思して、かく聞こえたまふ。
(あて宮)「同じ野の露はいづれもとまらねど
まづ消ゆとのみ聞くが苦しさ
かく承るも、いとほしうなむ」と聞こえたまふ。
侍従見たまひて、文を小さく押しわぐみて、湯して飲き入れて、紅の涙を流して、絶え入りたまひぬ。殿のうち揺すり満ちて、惑ひ焦がれたまふこと限りなし。あて宮聞こしめして、いみじく悲しと思す。かかりけるものを、年ごろ、心苦しくのみのたまふ時、などいらへざりけむ、はかなかりける世の中に、つらしと思うたまひけむこと、など思ひて、いみじく泣きたまひて、(あて宮)「まかでなむ」と聞こえたまふ。宮、(東宮)「あやしく、などかくしも思ほす。あまたものせらるる御子にこそあんめれ。いたくな嘆きたまひそ。服などは、あからさまに出でて着たまへかし」など聞こえたまへど、なほ常に聞こえたまひしことのみ思ほえて、いといとほしく思すこと限りなし。
訳
さて、侍従の君(仲澄)も、あて宮が入内なさった日に、命も危ぶまれ、あて宮からの手紙で息を吹き返したものの、思いは日増しに強まり、お体はかえって衰弱するばかりで、もう生きてはいられないようになってしまったので、あて宮へこのようなお手紙を差し上げる
「あなたへの思いを申し上げても、とうとう止むこともなかった
水の泡のような儚い思いは胸に秘めておくのがよかったのかなあ
ここまで申し上げずにはいられず、つい口にしてしまいました。でも私が死んでしまった後に思い出されるのも、またたいそうつらいことで。でもまあ、あなたのために死ぬのら、それもかまわないでしょう。もう二度とお会いできないのが残念に思っております。」
と申し上げた。
あて宮は手紙を見るなり、
「多くの兄弟の中でも特に頼もしい兄と思っていたのに、あってはならないお気持ちをもたれ、困ったことだとは思っていたけれど、こうも気弱なことをおっしゃっているのを見るとおいたわしいこと。どうしてこんな関係になってしまったのだろう。」
などと思いながら、このように申し上げる
「同じ野にある露はいずれ消えてしまうけれど
先に消えてゆくと聞くのはつらいことです
兄様のそんなご様子をうかがうにつけ、おいたわしいことで。」
と申し上げる。
侍従はその手紙をご覧になり、それを小さく丸め、白湯と共に飲み込んでしまい、血の涙をはらはらと流したまま息絶えてしまった。
左大臣邸では動揺が走り、皆嘆き悲しむことこの上ない。
あて宮もそれをお聞きになり、ひどくお悲しみになる。
「こんなことなら、苦しい胸の内を訴えてきたときに、どうして取り合わなかったのだろう。短い人生で、さぞつらかったであろうに」
などと思い、たいそうお泣きになり、
「どうか退出させてください」と東宮にお願いするが、
「変だね。どうしてそんなことをおっしゃるんだい。たくさんいる兄弟の一人ではないか。そんなに嘆かなくったっていいのに。喪服などは少しの間だけ着ておればよいでしょう」
などと、おっしゃるものの、あて宮は兄の言葉ばかりが思い出されて、愛おしく思うばかりであった。
ついに仲澄は亡くなる。物語はやはり彼を殺すしかなかった。悲恋の行き着く先が死であることは、近年の小説にも多く例のあること。
あて宮にとっては、頼りがいのある兄であった。幼いころはきっと仲がよかったのだろう。
東宮は仲澄のことは知っていたのではないか。「あやしく、などかく~」という言葉に私は嫉妬を読み取ってしまう。
あて宮にとって特別な男性は多分2人だけ。兄の仲澄と、師のような敬愛の対象である仲忠。しかしどちらも、あて宮にとっては恋愛の対象にはなりえない。
あて宮は孤独である。
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