見出し画像

宇津保物語を読む9 内侍のかみ#6(改)

#6と #7はアップの順が前後しています。
 「正頼、兼雅、相撲の節会の準備をする」の段は省略
いよいよ相撲の節会当日になります


相撲の節会の当日、賄いの人々とその装束

 かくて、相撲すまひの節明日あすになりて、内裏うちにいとかしこく、まかなひにあたりたまへるやすどころかうたちは、まうのぼりりたまふべきことを思しつつ、手尽くしたる御しやうをしおはします。
 その相撲の日、仁寿殿にてなむ聞こしめしける。内宴思ひたがへたるなるべし。その日、あしたの御賄ひには仁寿殿の女御、昼の賄ひにはぎやう殿でんの女御、夜さりの御賄ひには式部卿の女御、更衣十人、色許されたまへる限り、色を尽くして奉れり。更衣たち、みな日の装ひし、あめの下のめづらしき綾のもんを奉り尽くし、御息所たち、賄ひ仕うまつりたまはぬは、うなゐにてなむ候ひたまひける。蔵人もみな今の帝の盛りにものしたまへば、この御時の蔵人は、やむごとなき人の娘ども、あるはせちの蔵人つ。ざふやく仕うまつる蔵人も、さらに衰へぬかたち、さらに劣らぬしなの者どもにて、髪上げ、装束したるさまもいとめでたし。十四人の蔵人くらうど、七人五節の召し蔵人、七人はざふやくの蔵人なり。あるはかうぶり賜はりて、みやううへ許されたる三人、内侍たち、許されぬもいとめでたくあり、すべてかしこに仕うまつるべき女、かたちども、仁寿殿には候ふべき用意してあり。
 左、右近衛大将よりはじめて、よろづのあめの下の人参りたまふ。左、右近の楽人、おりととのへて候ふ。面白きこと限りなし。みな相撲すまひの装束し、ひさごばなかざしなど、いとめづらかなることどもしつつ、左、右近のあく打ちつつ候ふ。限りなく清らなる御かたちども、まして御装束奉りて、みなその日、をとこおんなふたあゐをなむ奉りける。

 こうして、相撲の節会が明日とせまり、内裏では盛大に準備が進められ、陪膳役を勤める御息所や更衣たちも、明日のその日を思い浮かべながら念入りなお化粧をする。
 相撲の当日は、仁寿殿で行われた。朝の陪膳役には仁寿殿の女御、昼の陪膳役には承香殿の女御、夜の陪膳役には式部卿の女御があたった。更衣が10名、禁色を許された方たちばかりが、色とりどりの衣装をまとって奉仕する。~
(以下略)

仁寿殿の女御の賄い人々思いを歌伝詠む

 かくて、その日、まかなひのやすどころたち、一の女御大将殿の仁寿殿、式部卿の女御なり。これただ今時の女御なり。
 仁寿殿の女御、あしたの御賄ひに出でたまふ。さらにほんじやうの御かたち、この御息所に似たるなし。れうからあや重ねたる摺り裳、かいねりうちき、赤色に二藍襲の唐の御奉りて候ひたまふ。そこばくの人に御覧じ比べたまふに、この御息所時の女御にて候ひたまふ。帝、この御息所を右大将聞こえたまふことありき、今も忘れたまふまじ、と思して、さてはいかがあるベき、と御覧じ比べて、うちに御目を配りて御覧じおはしますに、いづれもこともなき男女にてある時に、上思す、この女と大将と、さてあらむに、なかるまじき仲にこそありけれ。これを同じ所に、労あらむ所に据ゑて、情けあらむ草木、花盛りにも紅葉盛りにもあれ、見どころあらむ所の夕暮れなどありて、行く先をいひ契り、深き心いひ契らせ、かたみにあはれならむことを、心とどめてうちいはせ、をかしきこと語らはせむにけしうはあらじ。なほ聞き見む人、目とどめ耳とどめ見ざらむやは。見えじ。さてあらせて聞かばや、など思しつつまぼりおはしますに、まかなひうちしなどしたまふにも、いとらうらうじう、まことに大将の相撲すまひのことなど行ひたまふにも、いと心深き労の見ゆれば、あやしく似たる人の心ざまにもあるかな、と御覧じて、御ぜんにいと面白き女郎花をみなへしの花のあるにつけて、にさし出だしたまふ。
 (朱雀)「薄く濃く色づく野辺の女郎花
  植ゑてや見まし露の心を
これが心見きたまふ人ありや」とてうち出だしたまへば、兵部卿の親王みこ、取りて御覧じて、心得たまはず。されどこころに思すことありければ、知らず聞こえにかくなむ。
 (兵部卿)まがきよりななむら匂ふ女郎花
  野辺はいづれもさもや待つらむ
と書きて、右大将のおとどに奉りたまふ。されど人知れぬ心一つに思ししことなれば、上にしき御覧じたらむも知りたまはねば、なでふ心ならむと思しながら、
 (兼雅)女郎花いやしき野辺に移るとも
  よもぎは高き君にこそせめ
とて、大将のおとどに奉りたまふ。
(正頼)「あやしく、ただ今の御まかなひには、わがやすどころこそ候ひたまへ。その折にしもかくのたまふは、思すところやあらむ」とて、
 (正頼)二葉より野辺にらはぬ女郎花
  籬ながらを老いの世は
とて、仲忠の宰相の中将の近く候ふに取らす。仲忠うち見るすなはち、労の深きあまりに思ひよりて、かく書きつく。
 (仲忠)なでしをならべてほす女郎花
  植ゑては花の親と頼まむ
と書きて参る。うへ御覧じて、いかにいかにと心を御覧じて、解きておはしますに、兵部卿の親王、ぎやう殿でんを思したり、左大将のを御覧じて、あやしく心得たることをものたまひたるかなと思して、仲忠を御覧じて、帝笑ひたまふこと限りなし。
(朱雀)「仲忠の朝臣は、なでふ心をか得たる。あは」と仰せらる。
仲忠、「深くは知りたまへざりつれども、はた奏したらむ、こよなくあらずや侍らむ」。
(朱雀)「かしこう空おぼえする朝臣なりや」とて、笑ひてやみたまひぬ。

 さて、その日の陪膳役の御息所たちは、一の女御である大将殿の娘仁寿殿と、式部卿の女御である。お二人とも今もっとも時めいている女御である。
 仁寿殿の女御は朝の陪膳役として出仕なさる。まったく生来のお美しさではこの女御にかなうものはいない。花文様に唐綾を重ねて摺り裳をつけ、掻い練りの袿、赤色に二藍襲の唐衣をお召しになっている。多くの人と見比べても、この女御は当代随一である。
 帝は「この女御のことを右大将が懸想しておったが、今も忘れてはいないだろう」とお思いになり、その後どうなったことであろうかと、二人の姿を見比べその様子をご覧になると、いずれも優れた男女であるので、帝は「この女御と右大将が恋人同士であったとしてもおかしくはない関係だろう。この二人を風情のある場所に置いて、美しい草木、花盛りであっても紅葉の盛りであっても風情のある夕暮などに、将来を誓い、深い愛を誓わせ、互いに素敵な愛の言葉を、心を込めて語り合わせたならば、悪くはあるまい。そしてその光景を目撃した人は、目を離すことは出来まい。まだ二人は深い関係にはなっていないようだが、そのような関係にさせて語り合う愛の言葉を聞きたいものだ」と思いながら二人を見守っていると、女御の陪膳役をつとめている様子も、たいそう美しく、右大将が相撲の仕事をしている姿もたいそう風格があるので、「不思議にもお似合いの心ざまよ。」とご覧になる。目の前に美しい女郎花の花があるのを見つけて、御座所の外にそっと差し出し

  「薄く、濃く、色づく野辺の女郎花(=女御)を
  庭に植えて見たいものだ。
  どのような露(=男)がそこにおりるのかを。
  (二人の関係がどうなるのか見てみたい)

この歌の意味がわかりますか」
と差し出し、兵部卿の親王がそれを受けとってご覧になるが、何のことだがわからない。しかし、自分も別に承香殿の女御への思いを抱いているので、つい知らぬ振りをしながらもこう答える。

  籬から色とりどりに咲いている女郎花を
  どの庭でも移し植えられることを待っていることでしょう
  (美しい女御をいただけるなら光栄であります)

と書いて右大将にお渡しになる。
右大将は女御への思いは人知れず心のうちに秘めているつもりなので、帝が自分たちのことをご存じだということも知らずに、どういうつもりのだろうかと思いながら、

  女郎花は粗末な庭に移し植えられたとしても
  そこの蓬は、その女郎花を主君としてお仕えするでしょう。

と左大将にお渡しになる。左大将は
「変だなあ、今の陪膳役は我が娘の女御がついているのだが、そんな折にこんなことをおっしゃるのは何かわけがあるのだろうか」
と思いながらも

  二葉の頃から野辺には馴染まない女郎花です
  籬のなかで生涯を過ごしなさい
  (我が娘は生涯帝のもとに)

と、宰相中将仲忠が近くにいたので、それに渡す。仲忠は見てすぐに事情を察してこのように書きつけた

  撫子とともに育てている女郎花を
  我が家の庭に移し植えましたならば、
  花々の親として頼みにいたしましょう
  (女御様が我が家に来るなら大歓迎です)

と書いて帝にお返しになる。
帝はそれらの歌をご覧になって、それぞれの歌の心を想像し、
「兵部卿はやっぱり承香殿を思っているようだ。左大将は、うまくごまかしたな」
と思いながら、仲忠の歌をご覧になって、大笑いなさる。
「仲忠、おまえ知っていたのか?」
仲忠「いえ、深くは存じませんが、私の歌が正解だったのでしょう?」
「えらそうなことをぬかしおるわい」とお笑いになってその場を収めた。

相撲開始左方の最手下野の並則のこと

 今はみな相撲すまひ始まりて、ひだりみぎの気色、祝ひそして、勝ち負けのかづきには、四人の相撲人出だして、勝つ方。一、二の相撲、かたびとに取られたまへる親王みこたち、上達部、大将、中、少将、楽したまふ。十二番まで、こなたかなたかたみに勝ち負けしたまふ。ただ今は、こなたもかなたも数なし。今一番は出だすべきになむ、勝ち負け定まるべき。左に名だたる下野しもつけなみのりのぼりて候ふに、並則が都にまうのぼること三たび、ここばくの年ごろの中に、一たびは仕うまつれり、一度は合ふ手なくてまかり帰りにき。あめの下のなり。左大将のおとど、右の相撲、これに合ふべきはなしと思して、こたびの相撲にぞ勝負定まるべければ、せめてこなたかなたに挑み交はしておはしまさふ。左は並則を頼み、右はゆきつねを頼みて、だいぐわんを立てつつ勝たむことを念じ、さらに相撲、とみに出で来ず。

 いよいよ相撲が始まる。左右それぞれが、勝ちを祈り、勝負の褒美は4人の力士ごとに与えられた。まずは1番2番と進み、双方の親王、上達部、大将、中将、少将は楽を奏でて応援する。12番まで進み、左右互角である。最後の1番で勝敗が決まることとなった。
 左からは名高い下野の並則が上る。この並則は選抜されること3回、そのうち一度は出場したものの、2度目は対戦相手がないための不戦勝。今や当代一の(力士の最高位)である。左大将は、右方の力士には並則と立ち会えるものはおるまいと思い、今年の相撲はこの一番で決まったなと勝利を確信する。左方は並則を頼み、右方は並則に匹敵する実力者である行経を頼み、願を立てて勝利を祈る。高まる期待の中で力士双方はなかなか登場しない。

承香殿女御の賄い、人々杯を取り歌を詠む

 かくいふほどに、まだ日高し。そのほどにものまかなひ代はりて、ぎやう殿でん仕まつりたまひけるを、今は夜さりの御ものになりて、式部卿の宮の女御あたりたまふを、この御息所、昼の御賄ひに、
(女御)「なほこたみは仕うまつりたまへ。後は御譲りあらむことを仕うまつらむ」
とて、今日はなほ承香殿仕うまつりたまふ。夕影のほどになり、かの賄ひ仕うまつりたまふ。
 相撲の盛りにきしろひて、勝ち負けして、左右さまざまの相撲出だして仕うまつらせ、限りなく楽を仕うまつる。かく面白き御覧ぜしほどに、賄ひの御息所のかたち、装束、めでたく清らなるも、え心とどめて御覧ぜざりけるを、かくきしろひ挑み交はして、出で来ぬほど、この御賄ひを御覧じて、夕影に、あやしくものの清らまさるほどに、例よりもまさりてなむおはしましける。帝、この君を御名立ちたまふ兵部卿の宮に御覧じ比べて、げにはただえ見過ごしてあるまじき人の仲にこそはありけれ。男も女も、かたみに見交はしてば、げにげに、身はいたづらになるとも、われにてもただにてはえあらじかし。見るに男も女も、深き労ありけりとも、いとど覚ゆるかな。かかる仲の、さすがに色に出でてはえあらず、思ひつつむことありて、その中になでふことをいひ尽くすらむ。この中には、世の中にありとあることの、少し見どころ聞きどころあるは、いひ尽くすらむかし。かれを聞き見るものにもがな、とこれかれを比べつつおはしまして、いかでこれに、いささかなることいはせてもみせてしがな、と思す。
 ものなど聞こしめして、
(朱雀)「今日のまかなひは、人々にかはらけ賜ふべきものぞや。わいてもそこには、んたまふことやあらむとする」。
御息所、(承香殿)「賄ひのかはらけ賜ふべき人こそ候はざめれ」と聞こえたまふ。
兵部卿の親王は、え聞き過ごしたまはで、
(兵部卿)「今日はかはらけのすまひの節にこそ」と聞こえたまふ。
帝笑ひたまひて、(朱雀)「さればや、で倒れする人もあらむ」。
兵部卿の親王、「倒るる方になりなば、勝つ名もなりなむかし」
と聞こえたまふさま、せちに隠しあまる気色なれば、あはれに苦しく覚ゆらむ、さてあらむに似げなかるまじき仲にこそありけれ、など御覧じて、上、御かはらけ、女御の賜ふべき人なかなるを、げになしやと試みむ、とて、賄ひの御息所に賜ふとて、
 (朱雀)「つはもののくらに宿るはつらけれど
  かたはに見えぬおと矢なりけり
と見ゆればなむとがめ聞こえぬ」とて参りたまふ。
御息所賜はりたまふとて、
 (承香殿)かたはなる名の乙矢にも聞こゆれば
  思ひいらるる頃にもあるかな
とて賜はりたまひて、東宮取りて、兵部卿の宮に奉りたまふとて、
 (東宮)「秋の夜のかずをかかせむしぎ
  今はおと矢のかたにはせむ
同じくはさてあらむなむ、よからむ」。
兵部卿賜はりたまふとて、
 (兵部卿)「大鳥のはねや片羽になりぬらむ
  今は乙矢に霜の降るらむ
思ほえぬことかな」とて、弾正の宮に奉りたまふ。
取りたまふとて、
 (忠康)「夜を寒み羽も隠さぬ大鳥の
  ふりにし霜の消えずもあるかな
なほいはれそめたまうにたるこそ悪しかめれ」
とて取りたまひて、左大将に奉りたまふ。取りて、
 (正頼)消え果てで夏をも過ぐす霜見れば
  かへりて冬の数ぞ知らるる
右大将に奉りたまふ。取りて、
 (兼雅)「花の上に秋より霜の降るなれば
  野辺のほとりの草をこそ思へ
かかるそらごと、恐ろしかりけり」
とて、式部卿の親王に奉りたまふ。取りたまふとて、親王みこ
 (式部卿)こきまぜて秋の野辺なる花見れば
  あだ人しもぞまづふるしける

 そうこうしているうちに午後となった。朝の陪膳役の仁寿殿の女御から、昼の承香殿の女御に代わり、さらに今は夜の式部卿の宮の女御の番となったのだが、式部卿の女御は承香殿の女御に「引き続き、あなたがお仕えなさい。私は次にあなたから譲られたときで構わないから」といって、そのまま承香殿の女御がお仕えする。夕日の頃になり、夜の陪膳を行う。
 相撲はますます盛り上がり、勝ったり負けたり、左右より様々な力士が登場しては取り組み、そのたびごとに盛大な楽が奏でられる。帝は面白い相撲に熱中するあまり陪膳役の承香殿の女御の姿形や装束のお美しさに気づくことはなかったが、左右の者たちが競い合うように応援し、最後の力士の登場を待つ今、ふとこの女御の姿をご覧になると、夕日に不思議なほどに映え、いつも以上の美しさである。
 帝はこの女御と、噂になった兵部卿とを見比べて、
「本当に見過ごすことの出来ない二人である。男も女も互いに思いを交わし合っていたならば、身の破滅を覚悟しても、何もないではすむまい。私だってそうする。見れば見るほど男も女も趣があるなあ。こんな二人が、人知れず思いを心に秘めながら、二人だけでどんな愛の言葉を交わし合うのだろう。二人の世界にはきっとありとあらゆる風情というものが満たされるだろう。それをぜひ見たいものだ」
と、なんとかして実際に二人に会話をさせてみたいとお思いになる。
 帝はお食事をしながら
「今日の陪膳役として、あなたは人々に酒杯を勧めるべきですよ。それを避ける理由もないでしょう」
女御「私から酒杯を差し上げるような方はいらっしゃいませんわ」
兵部卿はその言葉を聞き逃さず
「今日は酒杯を“すまい相撲・辞い”の日でございますからね」
と申し上げる。
帝はお笑いになり
「だからさ、酒の相撲すまひをして飲み過ぎて倒れる人もでるということさ」
兵部卿「飲み過ぎて倒れる方になってしまったら、逆に勝ち名乗りを受けることになりましょう」
と申し上げる様子は、切実な思いを隠しきれないでいるようなので、「苦しんでおるな、夫婦としてみても似つかわしい」などとご覧になり、帝は酒杯を女御から差し上げる人が本当にいないのか試してみようとして、承香殿の女御に酒杯を授け、

  つわもの(兵部)の酒蔵においておくのはもったいないけれど
  欠点もなく思われる乙矢(=弟=兵部卿)であることだ。

我が弟にならば、咎めはしないよ」
といって杯をお渡しになる。女御はそれをいただき

  わるい噂も耳にしております乙矢(兵部卿)ですので
  あれこれ取り沙汰されて不快でございますわ

といって受けとったものの渡しあぐねていると、東宮が代わりに受けとってそれを兵部卿へと回す

 東宮「秋の夜長に数をかくというしぎの羽根を
  乙矢の片羽といたしましょうか」
  (恋人を待ちわびえて数をかく鴫のような女御様を
  兵部卿の妻とするのがよいでしょう)

同じことなら、そうすればよろしいかと」
兵部卿が酒杯を受けとり

  大鳥(=女御)の羽根が痛んで片羽になってしまったのでしょう
  今は乙矢(=私)にも霜(=噂)が降って傷ついております
  (女御様も私もあらぬ噂で傷ついております)

覚えのない言いがかりですよ」といって、弾正の宮に差し上げる。それを受けとり

 (弾正宮)「夜が寒いので羽根も隠すことができないでいる大鳥に
  降りかかる霜は消えないものですね
  (人の噂は消せないものですよ)

やはり、最初に噂されるようなことをしたのが悪いのですよ」
といって受け取り、左大将に差し上げる

 (左大将)「消えずに夏を過ごす霜を見ますと
  かえってそのもととなった冬の寒さがわかります」
  (冬の寒さ=二人の関係) 

右大将に差し上げる

 (右大将)「花の上に秋の頃から霜が降るようなので
  関係のない野辺の草は気がきではありません
   (とばっちりが回ってこないか心配です)

こんな根も葉もない噂が広がるのは何とも恐ろしいことで」
といって兵部卿にお渡しになる

 (兵部卿)「色とりどりの秋の野辺の花(=右大将に飽きられた女性)を見ると
  あなた(=右大将)のような浮気者のほうこそ捨てられるのですよ」
  (右大将こそ人のこと言えないでしょう)

相撲の勝負並則、行経出場 左方勝つ

 かかるほどに、こと上達部、いとあまた参りたまひぬ。度々御かはらけ参りて、日さるの時ばかり、今ひとの相撲、こなたかなたさらに出で来ず。上よりはじめたてまつりて、上達部、親王たち、なほ気色あるべき手なり。こたみこそこと定まるべき度なれ、と思して、強ひて待ちおはします。
 からうじて、まづ左になみのり、右に伊予のゆきつね出で来る時、人々、こたみの相撲の勝ち負けの定まらむこと、いとなり。まさになみのりゆきつねが合ひなむ手は、とみに定まりなむやはと、心もとなくてあるほど、
上、(朱雀)「いとせちに労あり。左にも右にも今日勝たむ方は、参れる人分かれて、そのつかさの人、くわんにんの送りせよ」
と仰せられて、ひだりみぎと遊ぶこと限りなし。
 かかるほどに、なほなほ左勝ちぬ。左より四十人の舞人分かれて、人など数知らず出で来て、遊ぶこと限りなく、面白く遊びせめて、左大将殿かはらけ取りて、並則に賜ひて、あこめの御脱ぎて賜ふ。

 こうしているうちに、ほかの上達部たちが集まってきた。たびたび酒杯が進み、日は申の時(16時)ほどになるも最後の対戦力士は未だ登場しない。帝をはじめ、上達部、親王たちは、見所のある対戦だ、今度こそ勝負がつくだろう、と思いながらじっと待っていらっしゃる。
 ようやく左からは並則、右からは伊予の最手行経が登場する。人々は「今回の勝負はなかなか決まらないのではないか。まさに並則、行経ががっぷりと組み合ったならばすぐには決着はつかないだろう」と心配していると
帝が「なんともすばらしい。左であろうと右であろうと、今日勝った方には、ここに集まったものすべてでその司や官人を見送りなさい」
とおっしゃって、左右とも楽を奏でることこの上ない。
 そうして、ついに左が勝った。
左からは40人の舞人が整列して舞い、その他たくさんの人が躍り出て楽を盛大に奏でる。その熱狂の渦の中、左大将は酒杯を並則に与え、衵の御衣を脱いで褒美としてお与えになる。


相撲の勝負と並行して、帝の寝取られ妄想はふくらみます。
仁寿殿の女御と右大将兼雅、承香殿の女御と兵部卿。それぞれを妄想の中でカップリングし、愛を語らせ身悶える。
妄想に飽き足りず、わけありげな歌を詠んでは、二人をからかい、周囲の者たちも巻き込む。
実際に文のやり取りはしているのだから、事実無根というわけでもない。
右大将の時には兵部卿が、兵部卿の時には右大将が、身に覚えのあるものどおし牽制し合う。
しどろもどろになっている大人たちに対し、聡明な仲忠はすべてを見抜いて面白がっている。

文春砲炸裂である

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?