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『地方が熱い!地方で勝つ!』② ~空知に残ることを決意した理由編~

2011年7月。北海道の夏。

私は、裏庭の軒先で空を仰いだ。晴れた日の青い空。雲一つない日だった。

31歳になり、30年ぶりに生まれ故郷の深川市に戻ってきた。

北海道には住まないと決めていた。
しかし運命なのか… 宿命なのか…

私が海外に住んでいる間に祖父が亡くなり、東京八王子に住んでいた母親は深川へ帰省。

私はイギリスでのビザ取得ができなく10年ぶりに日本へ完全帰国を決断。
10代から住んでいた東京八王子が帰省先のはずが、戻ったのは北海道深川市。

中国語と英語を生かして仕事をさがしたが、深川市の近隣ではなかなか見つからない。日々葛藤する毎日。


東京に行こうか…

札幌に住もうか…

しかし20代はずっと海外に住み、好き勝手やらせてもらっていた。親には心配をかけていたと思う。


そろそろ、親孝行なのかな。

できるだけ近くにいることにしよう。

そう思い深川から近い場所で仕事を探した。親が喜ぶなら。

近くにいることで、すぐに会いにいける。

これが、ここ空知に残ることを決めた理由である。


住めば都

自然が豊かなのが本当にうれしい。
ニュースで都市部の映像が流れるときにビル群を目にする。

どちらが良くて、どちらが悪いとは区別することはできないが、間違いなく、空知の良さ、北海道の魅力を伝えることができるようになった。そして、ビジネスとしても、この先のポテンシャルを感じている。

本日のニュースに中国系投資家は第二のニセコとして富良野に注目している。
https://news.yahoo.co.jp/articles/53aced6210122d72613416ebfc07892c1c76edbd

札幌と富良野を結ぶ中間に『空知』がある。今後一層魅力的な『空知づくり』がここに住む私たちのカギを握ると、このニュースをみて確信を深めた。

2020年夏。いまだ新型コロナとの奮闘に追われる日々を送っている。新型コロナ感染症の影響が長期化していることで、事業計画の抜本的な見直しも必要となった。

また、世界中で猛威を振るう自然災害。『気候緊急事態宣言(Climate Emergency Declaration)』の時代を迎え、ダブルパンチで日本各地のみならず世界中で大変な思いをしている人たちが大勢いる。

どうか、この大変な時期を大転換期ととらえ、みんなで手と手を取り合い、世界市民の連携、連帯をさらに強くして乗り越えていきたいというのが率直の思いである。

本日、この原稿を書き上げているのは2020年8月6日である。広島に原爆が投下されて75年の時が経過した。広島平和記念日を迎え、コロナの感染と戦いながら、日本の青年は今何を感じているのだろうか?

今こそ、日本の青年がもっと声をあげ、よりよい世界を創り上げていく使命があると私は強く申しあげておきたい。そして、その青年の一人として一歩一歩できることを尽力して参ります。


2020年 8月 6日

冬春創社     
代表 片山 順一 


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