目隠しオオカミ
何も考えないように生きてきた。
生まれついた時にすでにこのように定められていたのだから、自分がどう思おうとどうしようもなかった。
ただひっそりと目立たぬように、人を避け、夜を避け、景色に混じり込むようにして生きてきた。
生き方そのものが決まっていると、不満というものもさほど感じなかった。
それなのに、それは起こってしまった。
──このクラスの中に、人狼がいる。
俺の牙も、爪も、血に濡れてはいないのに、クラスメイトが死んだ。
いつか、誰かが牙に引き裂かれて血に染まる時は、俺の手によるものだとばかり思っていたのに、俺とは関係のない場所でそれは起こった。
朝、校門をくぐったあたりから、血の臭いが鼻についていたから、あの時点で引き返せばよかった。
けれどそういった日に限って休む方が、注目を浴びてしまうかもしれない。
危機感といった本能は、18年という歳月の中で牙と共に失ってしまっていたから、判断ができなかった。
裁きの時が、始まろうとしている。
一体、誰が裁かれるのか。
俺と同じように鳴りを潜めていたのに、どうしていまさら。
それとも、犯人は俺とは違い本能を忘れてなどいないのだろうか。
俺は、それが羨ましいのか。
「どうしたー? 穂高、顔色悪くない?」
前の席の友人が振り返った。
「悪くもなるだろ」
こう、血の臭いが濃いのだから。
「ま、そうか……。クラスメイトが殺されたんだし、怖いよな」
はは、と笑いそうになった唇を引き結んだ。
忘れたふりをしていても、こんなにも感覚が違う。
違う。俺が怖ろしいのは人狼に殺されることじゃない。
「全員、揃ってるようだな」
教室の教壇の上に、能面のように表情を失くした委員長が立った。
窓から差し込む光が銀縁の眼鏡に当たっていて、瞳の表情を読むことができない。
教師はいなかった。
裁判はすべて、子供たちだけで行われる。
大人は、『建て前や『規則』に縛られるからだそうだ。
「早く見つかるといいよな、犯人」
友人が言う。
「見つかると思うか?」
「見つかるだろ。全員でディベートすんだし」
「それって、正しいと思うか?」
「えー? 正しいっつか、人狼が見つかりゃそれでいいんじゃん? 怖いし」
委員長の色のない瞳が、しゃべり続けている俺たちを見つめる。
慌てたように友人が前に向き直った。
「とにかく、早く人狼見つけて始末しようぜ」
励ますように、友人の手が俺の肩を叩いていった。
そうだな、とは言いかけて、喉が詰まった。
始末されるのは本当に、正しい人狼なのか?
これから、全員参加のディベートにより人狼探しの裁判が始まる。
ディベートの結果、多数決により人狼と≪思わしき≫人物が処刑される。
そうすることによりこのクラスには再び平和がもたらされる、らしい。
なんて平和的な解決法。
クラスメイトたちの顔を眺め回す。
自分は人間だから、決して裁かれることはない。
そう信じている自信に満ちた顔が並ぶ教室。
昨日までは40人、今日は39人。
裁かれるのはひとりきり。
だったら俺も、自信を持っていいはずだ。
俺は、犯人ではないのだから。
それなのに、手が震えた。
怖い。
「それでは、裁判を始める」
どうか正しい判断を下してくれ。
そうでないときっと……
本能が目覚めてしまう。
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