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現代マケドニア短編小説:ジャルコ・クユンジスキ

マケドニアの面白い作家を見つけてしまった。ジャルコ・クユンジスキ (Жарко Кујунџиски) .”Contemporary Macedonian Fiction”『現代マケドニア短編小説コレクション』に収録されている”Story Addict”は、物語中毒に侵された男の狂気の独白が、疾走するような文章とともに展開されている。外国語での読書で、初めて笑ってしまった。たった7㌻の超短編なのだが秀逸な文章ばかりで、ページが下線だらけになってしまった。

この小説は手紙の形式を取っている。「私」が勤める編集部に舞い込んできた一通の手紙―オグネン・リアメスキなる人物によって書かれていたのは、物語に飢える男の狂ったような叫びだった。「我聞き読み、ゆえに我あり」をモットーとしているこの男は、いつでも物語を摂取していないと生きられない。どんな話でもいいから電話をかけて話をしてくれとしきりに読者に向かって呼びかける。物語のためにはなんでもしかねず、物語を渇望するあまり人の家の窓をのぞき込んで話を盗み聞きし、郵便物を勝手に開け、プライベートな話になんでも首を突っ込みたがる。こんなだから彼は犯罪者扱いされ、書店では閉店しても読書をやめないので店員に引きずり出される始末。

この世に存在するすべての物語を知りたい欲求に取りつかれ、世界中の言語を習得しようと試みている。異常に肥大した欲求は、当然と言うべきかこの地球だけでは飽き足らず、宇宙まで支配せんと膨張していく。宇宙人からも物語を聞きたい、他の惑星にメッセージを送りかつ返信を受け取った最初の人間になりたいのだ!と豪語する。

やりたいことは無限にあるが、時間は刻一刻と死に近づいていく。この男みたいな人間は人生がいくつあっても足りないだろう。だから健康に長生きしなければならない。バイロンみたいに身投げして終わるわけにはいかない、ボルヘスみたいに盲目になるわけにはいかない、ランボーみたいな放浪者に、ポーみたいな精神錯乱者になるわけにはいかない。女性の方が平均寿命が長いのに、なんで自分は女に生まれなかったんだ!と激しい嘆きを読者は聞かされる羽目になる。

物語への執着は男の人生をも狂わしていく。物語に没頭するあまり妻をほったらかしにするばかりか、よれよれの服で朝帰りするので妻は夫の浮気を疑い、離婚につながった。朝帰りの真相は浮気などではなく、姑たちがパーラーで繰り広げる嫁の悪口大会や、酒場の酔漢たちの自慢話、シングルマザーやDV被害者のための支援団体のミーティングなどを盗み聞きするために、夜じゅうほっつき歩いていただけだった。

ひとり身になった彼はついに、物語を求めて世界を旅するのだと宣言する。お気に入りの主人公ドン・キホーテのようなヘルメットをいつも被っているから、見かけたら捕まえてどんな話でも聞かせてくれ!

          ***

この奇怪な手紙が届いてから1か月後、手紙と関連していると思われる3つの出来事が立て続けに起こり、世界各地のメディアが取り上げた。
1999年8月17日、マケドニアのヴァルダル川で子どもが中世騎士のヘルメットを発見した。ヘルメットの持ち主は不明。今日、それは国立マケドニア博物館に保管されている。
その翌月1999年9月21日にはギリシャ国営放送ERTが、モネンバシアの郵便局で郵袋が二つ消失したが、それらに入っていた郵便物は5日後何者かによってそれぞれの住所に配達されたと報じた。
2年後の2001年6月13日、最新の電子望遠鏡が月面にヒエログリフを捉えたというニュースが世界を揺るがした。のちの解析によってヒエログリフではなく、キリル文字であることが判明したのだった・・・(マケドニア語はキリル文字を使用する)。

・・・ここまで来ると、彼をただの狂人だなあなどとは笑えなくなってくる。むしろ、この男が世界中を支配してしまうかもしれない、もしそうなったら私たちの生活まで脅かされるのではないかという空恐ろしさがじわじわと襲ってくる。彼はなんら邪悪な考えを抱いてはいない。だが物語に対する欲望があまりに無垢で窮極的であるがゆえに、道徳的な基準を踏み越えてしまっている。事実彼は、法すれすれのことをして犯罪者扱いされている。彼は、自分は犯罪者じゃない!ただ物語を聞いたり読んだりしたいだけだ!とまったく悪気がなく自覚なしなのが恐ろしい。強すぎる好奇心に憑かれた人間はどういう行動に走るのか—この短編は一種の実験小説でもあると思う。

これからも大いに追求していきたい作家である。



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